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連載 : Kettleのお仕事

2021/09/01

話題の深夜ドラマ『八月は夜のバッティングセンターで。』主人公の名前に隠された秘密に迫るヤクルトコーチ・伊藤智仁スペシャル対談

ケトルキッチン編集部

わけあって夏休みにアルバイトをすることになった17歳の高校生・夏葉舞(関水渚)と、「バットのスイングだけで、その人がどんな悩みを抱えているかわかる」と豪語する47歳の謎の元プロ野球選手の伊藤智弘(仲村トオル)が、毎回バッティングセンターに現れる悩める女性たちを、「野球論」で例えた独自の「人生論」で解決へと導いていく……。

テレビ東京の深夜ドラマ「八月は夜のバッティングセンターで。」が、今、野球ファンの間で話題だ。

合言葉は「ライフ・イズ・ベースボール」。「野球論」が始まると、舞台が野球場にワープするという(謎)ファンタジー展開。そのフィールドには毎回、「レジェンド選手」として元プロ野球選手たちが登場。「野球論」は伊藤の台詞とレジェンド選手のプレーが絡み合って表現される。野球ファンであれば(主に居酒屋で)一度は語られ、自らも語ったであろう「人生を野球に例える」行為をバカバカしくも、しかし真剣に具現化したドラマだ。

ところで野球ファンであれば、「伊藤智弘」という主人公の名前にピンときたのではないか? そう、1990年代前半、史上最高とも評された高速スライダーや勢いのあるストレートを武器に大活躍するも、その後は故障に泣いたヤクルトの〝悲運のエース〟伊藤智仁(現・ヤクルト一軍投手コーチ)と一字違い。もちろん、これは偶然ではない。制作陣が伊藤コーチの熱烈なファンということで主人公に託した名前である。
 
今回はそんな伊藤コーチと制作陣の座談会が実現! ドラマのプロデューサーである寺原洋平氏と企画・プロデュースを務めた畑中翔太氏が、伊藤コーチにその野球人生とドラマに込めた想いをぶつけた。

悲運のエースと一文字違いの名前を持つ主人公、伊藤智弘役は仲村トオルさん 
©「八月は夜のバッティングセンターで。」製作委員会

友人から「お前はいつドラマに出るんだ?」と言われました

ヤクルト一軍投手コーチ、伊藤智仁さん
写真提供:東京ヤクルトスワローズ

寺原:はじめまして! 今日は伊藤コーチとお話できるということで夢が叶った気持ちです!
伊藤:はい、よろしくお願いします。

――ドラマの主人公の名前を「伊藤智弘」にする案は、伊藤コーチにお話されたわけではないんですね。

畑中:はい。伊藤コーチが選手として活躍されたとき、僕はちょうど小学生で、大ファンだったんです。それでこのドラマの主人公の設定を考えているとき、勝手に伊藤コーチを思い浮かべて書いていて。ただ、さすがに同じ名前にはできない、と一字違いにしたんです。

――伊藤コーチはこのドラマと名前のことをご存じでしたか?

伊藤:ええ。最初は友人から「お前はいつドラマに出るんだ?」と言われて(笑)。そんなドラマがあるんだ、と知って録画をして見始めました。
寺原:ありがとうございます!
畑中:名前は変えたんですが、「悲運のエースと一文字違い!」といったセリフも入れて、分かる人には分かる仕掛けにしていまして……。
伊藤:いや、うれしいですよ。ありがとうございます。こういう描写をする人生ドラマもあるんだ、と家族と楽しく拝見しています。球団スタッフにも見ている人がいますよ。
畑中:ホッとしました(笑)。こちらもうれしいです。
伊藤:仲村トオルさんがカッコよすぎてちょっと恥ずかしさもありますけどね(笑)。

――ドラマでは仲村トオルさんがバッティングをしてるシーンもありますが、スイングがとてもキレイで驚きました。

寺原:あれは指導とか全く入ってないんですよ。仲村さんは本当に野球が上手なんです。以前、山本昌さん(元中日、ドラマの第7話にレジェンドとして登場)が仲村さんのピッチングフォームを見たことがあるそうですが、「140キロを出せるフォーム」と感じたそうです。中学時代は捕手で肩が強く、120〜130キロくらいのボールを投げていたとか。
畑中:仲村さんは野球が大好きな一方、14歳で選手として挫折した経験もあって。だから今までは選手役のオファーがあっても断っていたそうなんです。今回は年齢も重ね、監督的な役なら、ということで引き受けていただくことができました。

――主演の関水渚さんは高校時代、野球部のマネジャー。野球が好きで野球に関わってきた人が出演されている。レジェンド選手はその最たる象徴ですね。

寺原:伊藤コーチはどんなレジェンド選手に出てほしいですか?
伊藤:僕は子どもの頃は巨人ファンで、現在、監督をされている原辰徳選手が大好きでした。打席での姿がかっこよくて憧れの存在。出てもらえたらうれしいですねえ。
寺原:現場にいる方はなかなか難しいのですが、もしシーズン2があれば検討します!

悩みは意外とプレーに出る。そんな時にはとにかく話を聞く

伊藤:伊藤智弘の「スイングで悩みがわかる」という設定は面白いですよね。
寺原:伊藤コーチも選手のプレーで悩みがわかったりするのでしょうか?
伊藤:僕が選手を見るときは、中日で監督をされていた落合博満さんからのアドバイスを心がけているんです。
畑中:どんなアドバイスでしょう?
伊藤:「選手を見るときはお母さんのように見なさい」ですね。
寺原:お父さんではなくお母さん……我が子に愛情を注ぐような視線でしょうか。
伊藤:ええ。よく選手を観察していると「私生活で何か悩みがあるのかな?」といったことが多少は見えるようになってきたかな、と感じています。私生活での悩みは意外と野球に影響を与えやすいんですよ。そんなことも感じながらドラマを見ていますね。

「ライフ・イズ・ベースボール」という決め台詞でワープする球場 
©「八月は夜のバッティングセンターで。」製作委員会

――ドラマの球場シーンでは、私生活で登場人物を悩ませている人物が相手打者になったりランナーだったりするのもユニークですよね。まさに人生が野球で例えられている感じで。

寺原:もともと「夜のバッティングセンター」という舞台っていいね、という話から、「居酒屋で語るような野球好きの人生論」をフィーチャーしようというアイデアが出たんです。それを一番バカバカしいスケールでやるなら、まあテレビ東京なりにですが(笑)、ということで球場にワープするというアイデアが出てきました。
畑中:バッティングセンターから球場にワープするダイナミックな展開は、深夜ドラマとしては大事。そこでワープする際の決め台詞みたいなものがほしくて「ライフ・イズ・ベースボール」という言葉が生まれたんです。
寺原:大きいこと言っているようだけど、いかにもおじさんが言いそうなかっこ悪さもある。ドラマにピッタリでは、と思いました。一方でこのドラマの原案は「八月のシンデレラナイン」(アカツキ)という女子野球のアプリゲーム。そこで女性たちの悩みをおじさんが野球論で解決するというストーリーが固まったんです。

9月1日深夜放送の第8話では、悩みを抱える国民的アイドル役としてBEYOOOOONDSの山﨑夢羽さんが出演 
©「八月は夜のバッティングセンターで。」製作委員会

畑中:こんなふうにドラマも「登場人物の悩みを解決する」がストーリーの骨子なのですが、伊藤コーチは指導者になって、選手の悩みを解決する難しさは感じていますか?
伊藤:「この選手はどんなアプローチをしたらいいのかな」と常に考えています。最初は難しかったですね。すぐに厳しいお父さんの目になってしまいがちなので(笑)、お母さんの優しい目を心がけながら、コーチを続ける中で少しずつ見えてきた感じです。
畑中:私生活で悩んでいそうな選手には、どんなアドバイスをするのでしょう?
伊藤:私生活は踏み込んでいいところといけないところがあります。それを慎重に見極めながら、とにかく話を聞いてあげる。大事なのは「Why?」ではなく「What’s?」。「なぜ?」だと選手も身構えてしまいますが、「どうしたの?」と訊ねれば選手も心を開きやすい。そういった言葉遣いは気をつけていますね。
寺原:どういったタイミングで、そういったお話をされることが多いのでしょう?
伊藤:練習中はそんなに深い話はしないですね。試合で投げた投手は翌日、必ずピッチングの振り返りをするので、そこで話をするのがルーティンになっています。

選手として全うできたのは幸せなプロ野球人生

畑中:逆に伊藤コーチが現役時代、監督やコーチからかけられた言葉で印象に残っている言葉はありますか? たとえば選手で活躍された当時の野村克也監督の言葉とか気になります。
伊藤:1年目の春先、あまりいい成績を残せず、キャッチャーの古田(敦也)さんにアドバイスを求め、いろいろピッチングを試していたんです。それが多少できるようになったタイミングで、野村監督から「昨日のピッチングはよかった。あれでいい」と言われて。それが自信になって、その後の活躍につながったと思います。
畑中:たった一言なんですね。
伊藤:野村監督は選手に求めるハードルが高いので基本的に褒めてくない(笑)。怒られるばかりだから、ぽつりとした一言が効いたんでしょうね。「自分のやってきたことは間違いない」と。
畑中:ドラマでは登場人物が伊藤智弘と話すことで、人生の転機を迎えますが、伊藤コーチのプロ野球選手の転機といえば、いつになりますか?
伊藤:あえて言うなら初完封した試合ですかね。調子がよくて全て思い通りに投げられた。自分のパフォーマンスをしっかり出せばプロでもやっていけると自信を持てました。
寺原:ただ、その後はケガと復帰の繰り返し。数度の長いリハビリに耐えられた、その心の支えはなんだったのでしょう?
伊藤:一番の支えは大観衆のみんなが自分を見ていると感じながら投げられた成功体験。そんな場面でまた打者を抑えたい、そこに戻りたいという気持ちが支えでした。
畑中:ケガと闘う伊藤コーチには若い頃の輝きが眩しかった分、泥臭さも感じました。伊藤コーチのプロ野球選手人生はハッピーだったのでしょうか?
伊藤:ハッピーかハッピーじゃないかといえばハッピー。いいチームに入団できて、いい恩師、チームメイトにも恵まれました。ケガをしたことはしんどくツラいことでしたが、それも一つの人生経験として活かし、なぜケガをしたのかを勉強して次のステップに進めばいいと考えていました。結果的に最後までトライできたのは本当に周囲の人の協力、いろいろな方の支えがあったから。選手として全うできたので、幸せなプロ野球人生だったと思います。

前の姿に戻れないなら、今の自分の最高のパフォーマンスをするしかない

9月1日深夜放送の第8話のレジェンド選手は、古田敦也さん(元ヤクルト) 
©「八月は夜のバッティングセンターで。」製作委員会

――ドラマでは関水さん演じる舞も、ストーリーを通して野球をやっていたけど、今は距離を置いていると感じられるシーンがちょっとずつ出てきます。舞も本当は野球に戻りたいのでしょうか?

寺原:舞のエピソードは後半の重要ポイント。最終回へ向けて野球愛の全てがそこに集約されます。テーマも年齢が高い層向けになってきて、まさに人生の醍醐味が詰まっている。
畑中:その中に「引き際」というテーマもあるのですが、伊藤コーチは「こうなったら選手を辞めよう」と決めていたことはありましたか?
伊藤:僕はチームにいらないと言われるまでは絶対に諦めない、どんな姿でも戻ってやろうと思っていました。晩年はこの状態で腕を振るのは難しいという状態だったのですが、それでもまだ何かあるんじゃないか、と考えて、最後は、ナックルボーラーになってやろうと、ずっとナックルの練習ばかりしていましたね。
畑中:「引き際」は関係ない感じですね……。
伊藤:プロ野球界において自分で引き際を決められる選手は本当に少ない。スーパースターしかそのチョイスはできないんです。だから、僕もその気持ちはわかりません。「自分のパフォーマンスが出せないから辞めます」といった心境は信じられないですよ。多くの選手は必死にしがみついて、残りたくても残れない状態で辞めていくわけですから、羨ましい。引き際を自分で決められる選手は、自分なりにしっかりやり遂げたのでしょう。プロ野球選手のほとんどは、そんなふうになりたいと感じていますよ。
寺原:ただ、いつまでも現役にしがみつくって、かっこ悪いといえばかっこ悪いですよね。それを気にしない、かっこつけなくてもいいと思えたのはいつ頃ですか?
伊藤:うーん、僕はアマチュア時代からエリートではなく、ものすごく強いチームに所属したこともなかったんです。社会人でも通用せずにいたのが、突然、短期間で急成長して全日本入りして、オリンピックに出て、プロ入り。成長曲線がいきなり上向きになった感じでした。だから、アマチュア時代はある意味、いい時期があまりなかったので、もともと自分がかっこいいとか考えたことがなく、泥臭いことがかっこ悪いとも思わなかったですね。
寺原:では、ケガをして昔の自分のパフォーマンスを出せなくなったとき、どう自分の中で折り合いをつけたのでしょう。
伊藤:もちろん最初は、ケガをする前に状態を戻さなければとリハビリに励みましたが、手術を重ねるともう前の姿には戻れないと感じてきて。それなら今の自分の最高のパフォーマンスをするしかない、と。そう思えるまでは時間がかかりましたけどね。でも、前の体に戻らないなら、その中でベストを尽くそうと。体はボロボロでも、その中でもできること……「異常の正常」を見つけながらやっていこうという気持ちでした。
寺原:異常の正常……いい言葉をいただきました。
畑中:もし今、昔の伊藤さんのように、もがいている選手がいたら、どんな言葉をかけますか?
伊藤:何事も急には良くならない。大切なのは1日1日の積み重ね。日によっては状態が上がらないときもあるし、グラウンドに行きたくなくなるときもあるでしょう。それでも野球は自分一人でやっているわけではない。周囲の人々の支えがあってやれている。だから絶対に諦めないという強い気持ちを持ってほしい、ですかね。
畑中:なんだかドラマの登場人物や舞にも通じそうな言葉です。
寺原:今日はお話できてよかったです。本当にありがとうございました!

 

【番組情報】
水ドラ25「八月は夜のバッティングセンターで。」
毎週水曜 深夜1時10分~1時40分放送、テレビ東京ほかにて放送
(8話は1時15分から放送)
出演:関水渚 仲村トオル ほか
原案:八月のシンデレラナイン(アカツキ)
企画・プロデュース:畑中翔太(博報堂ケトル) 
プロデューサー:寺原洋平(テレビ東京) 漆間宏一(テレビ東京) 山田久人(BABEL LABEL) 山口修平(アカツキ) 後藤ヨシアキ(アカツキ)
https://www.tv-tokyo.co.jp/hachinai89/

ケトルキッチン編集部
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