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連載 : Kettleのお仕事

2022/06/30

Kettleのお仕事特別企画 焼津の旅館『月と鮪 石上』リニューアル座談会「日本一おいしい鮪のコース料理を食べる旅へ」

ケトルキッチン編集部

(写真:奥側 左から 石上将士さん、皆川壮一郎、鳥羽周作さん、石上翼さん。手前側 左から 今泉絵里花さん、石上智子さん、柿﨑裕生さん、増田未夢さん、宮内義孝さん ※撮影時のみマスクを外しております)

 

 

創業60周年を迎え、新コンセプト「月」と「鮪(まぐろ)」を掲げてこの7月にグランドオープンする静岡・焼津市の旅館『月と鮪 石上』。旅館名も一新した大リニューアルプロジェクトの裏には、クリエイティブ・建築・料理業界のプロフェッショナルたちによる企みと、変わることを恐れない旅館チームの情熱がありました。今回は建築を担当したB1Dチーム、料理を監修した一つ星料理人 鳥羽周作シェフ、アートディレクション担当の博報堂デザインチーム、博報堂ケトルのクリエイティブディレクター 皆川壮一郎ら精鋭9名が一堂に集結。リニューアル秘話を語り尽くします!

 

クリエイティブ・建築・料理…… 各業界のプロフェッショナルが集結!

ーーリニューアルを決意した経緯を教えてもらえますか?

女将・石上智子さん(以下、女将):私たちは鮪の漁獲量日本一を誇る焼津で長年宿を経営してまいりまして、息子たちで4代目になります。バトンを受け継いでいくにあたり、宿を新しくしたいと考えていました。

長男・石上将士さん(以下、将士):昨今は常連のお客様の代替わりが進み、馴染みのみなさまを大切にしながらも、SNSで若年層の方々にもアピールできる宿にならなくてはという課題を抱えていました。

女将:まずは建物から変えていこうと話していた折、お客様のお一人だったB1Dの建築家・宮内さんと出会いまして、お話するなかで「この方しかいない!」とひらめきのようなものを感じ、ご相談しました。

宮内義孝さん(以下、宮内):当時から鮪料理が評判でしたが、実際に泊まってみて、この宿の本当の良さがほとんど世の中に伝わっていないことを、もどかしく感じました。ですから、今回のご相談をいただいた時はぜひお手伝いしたいと前のめりになりましたね!

次男・石上翼さん(以下、翼):静岡出身の宮内さんには親近感を覚えました。いいご縁に感謝しています。

宮内:こちらこそです。ご相談を始めたのが4年前、そこから建物の改修案をいろいろと検討し1年近く経った頃、建築を含めた総合的な視点でのプロデュースが必要だと思い立ち、僕から博報堂ケトルの皆川さんにご相談したことが、今回のチーム発足のきっかけです。

 

ーーみなさんそれぞれどのような内容をご担当されたのでしょうか? 

今泉絵里花さん(以下、今泉): 4年前のプロジェクトスタートと同時にチームに加わり、建築のデザイン・基本/実施設計・現場監理・家具の選定といった、建築と空間にまつわること全般を、宮内と一緒に担当しました。
 
皆川壮一郎(以下、皆川):私は、全体のクリエイティブディレクションからチームメンバーのキャスティングまで、また銀行へのプレゼンも主な役割でした。博報堂デザインの柿﨑、増田、そして一つ星料理人の鳥羽君をチームに誘いました。

柿﨑裕生さん(以下、柿﨑):アートディレクションを担当しました。広告制作や長期的なブランディングにたずさわってきた経験を活かせればと参画させていただきました。

増田未夢さん(以下、増田):柿﨑と一緒にクリエイティブを担当しました。故郷が焼津なので、プロジェクトには並々ならぬシンパシーを感じていました!

鳥羽周作さん(以下、鳥羽):料理を監修しました鳥羽です。僕にとって初となる旅館のお仕事でした。もともと『月と鮪 石上』のコース料理は相当おいしかったので、その「おいしい」をいかに「わざわざ食べに行きたい」に変えるかを目標に、コース編成から提供の順番までアドバイスさせてもらいました。

皆川:チームに鳥羽君がいたから自信をもって「日本一おいしい鮪のコース料理」と銘打つことができました。

 

新ロゴのデザイン制作で浮かび上がった「宿の価値」

ーー旅館名を一新し、「月」と「鮪」を新コンセプトにした意図は?

皆川:まずはシンプルに「宿の価値」を打ち出す必要があると考えました。漁獲量日本一を誇る鮪。そして宿の目前の海に現れる“ムーンロード(月の道)”。この二つを体験するべく宿を訪れることが最高の贅沢体験であることを伝えるため、旅館名にすることをご提案しました。実は柿﨑が新ロゴをデザインする過程でこの「宿の価値」見つけてくれたんだよね?

柿﨑:そうでした。女将さんたちと対話を重ねるなかで、元々宿の自慢だった「鮪」に加え“ムーンロード”のストーリーこそが、石上ファミリーの生きざまに感じたのです。だから「鮪」と「月」をモチーフにしたシンボリックなロゴマークを作ろうと決めたんです。

 

ーーよく見ると「鮪」の漢字の中には「月」という文字が含まれていますね!

柿﨑:「空に浮かぶ月」と「夜の海に映る月」、この二つを重ねれば絶対にいい感じのロゴになる。重なった部分に魚っぽいシルエットが浮かぶことは見えていたんです。ただ、もう一歩踏み込んだアイディアを模索していたところ、焼津出身の増田が「地元には魚河岸シャツっていうのがありますよ」と。そのひと言がデザインの突破口になりました。

 

ーー「焼津の魚河岸シャツ」とは?

増田:もとは焼津水産業の仕事着から始まり、今では夏の普段着にまで浸透した “手ぬぐいで作ったシャツ” のことです! 焼津市民なら誰もが知っているご当地シャツ。この簡略化された版を参考にしながら、魚の形を導きました。

柿﨑:「空の月」と「海の月」、二つの丸が重なった部分に、図形化された魚のシルエットが浮かび上がることを発見した時は興奮しましたよ。「これだ!」と。

女将:私は伝統を重ねることや屋号を守ることを大切にしてまいりましたが、柿﨑さんたちが新しい屋号やロゴ案をご提案してくださった時、ロゴや屋号に秘められたストーリーを伺い、「なんて素敵な物語を作ってくれたのでしょう。このロゴとともに石上も新しい歴史を刻みたい!」と心を動かされました。
その後、SNSでご覧になったお客様たちからも大変好評で、“二つの丸”がお客様とのご縁をまぁるく繋いでくれていると早くも実感しております。

柿﨑:本当に、気に入っていただけて何よりです。

 

「海」と「月」を望むダイニングルームを建築の主役に

ーー建物自体のデザインリニューアルには、どのようなこだわりが?

宮内:まず、新しくなったお宿を見て「なんか変わっちゃったね」とお宿の常連さんが置き去りにされるような設計だけは避けたいと思いました。「これは確かに石上だけど、新しい石上さんだね」と言っていただけるバランス感を模索したといいますか。たとえば、慣れ親しまれた客室の魅力的なところは残しながら、新たに設えた机で窓からの光を反射させ、部屋の奥を柔らかく照らす、といった細かな改良を重ねていきました。

今泉:毎朝、息子さんたちが1時間ほどかけてツヤツヤに磨き上げているヒノキの床や、天井の綺麗な格子。宿の愛すべき「歴史」を、新しい石上の良さとして繋いでいくことを心がけました。

 

ーー狙い通りの仕上がりになったのでは?

今泉:そう言っていただけるとうれしいです。計画の要として、いまみなさんがいらっしゃるダイニングルームを作りました。ここはもともと一番海が美しく見える客室で、1部屋が独り占めしていたこの景色を、食事と一緒に楽しめる場として構想したものです。山側にあった食事用の個室からの眺望も素晴らしく、共用ラウンジにすることをご提案しました。いずれも、部屋を閉じていた襖をつくりかえ、障子をとりさり、ダイニングルームからは「海」と「月」を、ラウンジからは「山」を、宿にお泊りのお客様に楽しんでいただけるようにと考えました。

宮内:当初、各客室に露天風呂をつける案もあったんですが、皆川さんが「やっぱり食事を軸にしよう」と。この宿の一番の魅力である「鮪のコース料理」を楽しむダイニングルームを、宿のなかで一番いい場所に作るという発想が、すべての出発点となりました。

女将:「人気旅館=客室露天風呂」という先入観にとらわれていた私たちにとって、ダイニングルームを主役にするアイディアはとても斬新でした。最初は大丈夫かな? と心配でしたが、みなさんの感性と経験を信じました。結果、素晴らしい仕上がりで感動しております。

 

ーーダイニングルームの丸い窓にも深いこだわりがあるとか?

女将:ええ。当初、私と息子たちは四角の窓がいいんじゃないかと申していたんです。でも、丸い窓で大正解。宮内さんと今泉さんには美しい画がずっと見えてらしたのですね。

今泉:「月」と「鮪」のコンセプトを最大限表現するなら、やはり窓は丸形かなと。チームでの議論を通して「訪れたひとの記憶に強く残る、印象深い情景をつくることの大切さ」を教えていただいたので、自信をもって推せました。

皆川:デザインチームのロゴが建築チームを刺激し、建築チームのダイニングが料理を刺激する。このクリエイティブの円環は非常に理想的でしたね。

女将:本当にそう。ダイニングテーブルも特別で、形、色、模様、すべてに意味があるのですよね?

今泉:はい。料理のお支度をしつつサーブできる使い勝手の良さに加え、写真を思わず撮りたくなるテーブルを考え……何十案もの検討を通して、いまみなさんが座っている長いテーブルと、水屋をあわせたシェフズテーブルの組み合わせにたどり着きました。お客様と料理を支度するスタッフさんの目線が合うようテーブルの高さを調整するなど細部までこだわりました。

女将:よく目を凝らすと、テーブルは水面の薄い水色を映しておりますね。

今泉:丸窓からは海のキラキラした水面が見えるのですが、その水面がテーブルにも続いて見えるように「浮造り加工」と艶をテーブルに施しています。こうすることで窓から落ちる光と海の青色をテーブルが反射し、海面の揺らぎのように見えるんです。

 

一つ星料理人 鳥羽シェフに学んだ、"削ぎ落とすブランディング"

ーーそんな美しいダイニングテーブルでいただけるのは、「極上の南鮪を主役にしたコース料理」です。一新するにあたりどんなこだわりが?

将士:丼もの、お寿司、お刺身以外でどんな鮪料理をお出しできるか探るところから始めました。参考にしたのは焼肉です。十数年前にはロースやカルビ、タンなどが中心でイチボなどの部位はほとんど普及していなかったんですよね。鮪も同じように焼津ならではのローカル呼びが可能な希少部位はないかな、と。するとまだまだ一般的には知られていないおいしい部位がたくさん見つかり、驚きました。新しいコース料理でぜひお客様にお楽しみいただきたいです。

 

ーー鳥羽シェフは、どんな想いで料理を監修されたのでしょう?

鳥羽:鮪×キャビアみたいな派手な組み合わせも選択肢としてあったとは思うんですが、いい意味で宿もスタッフのみなさんも素朴で実直。そういう雰囲気って料理にも絶対に反映されるので、まずは『月と鮪 石上』全体のトーンに合うコース料理であることをめちゃくちゃ大切にしました。

皆川:将士さんと翼さんは鳥羽君の店で修業したんですよね?

翼:はい、sioのみなさんと一緒に働かせていただきました。

将士:料理を上品に魅せるための泡の量まで細かく計算されていて大変勉強になりました。

鳥羽:技術力以上に、ギリギリまで悩んでディテールを作り込む姿勢が料理を大きく左右するからね。

将士:コースの各料理のボリュームについても学びが多かったです。まず、なぜか従来の旅館には「量は多ければ多いほど正義」という習慣や思い込みがあるんですよ(笑)。

皆川:「旅館の七不思議」の一つですね(笑)。

女将:あれもこれも食べていただきたい。そんな「親切心」がてんこ盛りで、最後は何を食べたかよく分からないままお腹だけ一杯になる。私たちもご多分に漏れずそんな風でございました。

鳥羽:でも僕たちは「わざわざ足を運ぶ価値のある料理」を目指さなくちゃいけない。それはこの美しいダイニング空間で食べる「ストーリーのあるコース体験」です。新コースには3つほど山があり、お造り、お煮付け、お寿司もマジで全部うまいんだよなぁ。絶対みんなが好きな味を、適切な量とタイミングで食べられるのはすごく贅沢なんだよと、お伝えしました。

皆川:料理もデザインも建築も、不要なものを「削ぎ落とすブランディング」は一貫していていたよね!

将士:大切なことを教えていただいて。結果、お煮付けは従来の1/4サイズに。仕入れ先にも「どれくらいまで細かくカットできますか?」とご相談しました。

鳥羽:いいですね。常識に流されず、「うちはこういうことを大切にしています」とスタンスを表明する姿勢が、いまの時代の旅館には求められている気がするよ。

 

10年後もその先も、宿の歴史をみんなで繋いでいく

ーー2022年7月のグランドオープンが間近に迫っています。最後にお一人ずつ、いまの想いを教えてください!

皆川:最初に宿を訪れた当時、女将さんに比べると息子さんたちは控え目な印象でした。でも僕とほぼ同世代である彼らの私服ファッションを見たときに、その感性にすごくシンパシーを覚えたんです。これから家業を担っていく将士さん・翼さんらしさをもっと前面に打ち出した方がいいのでは? と思い、色々とヒアリングさせていただいて。「シンプルで清潔感があり、潔い」彼らの世界観が、空気のように満ちた旅館へとリニューアルできたのではないでしょうか。これからさらに研ぎ澄まされていく予感と期待でいっぱいです。

将士:僕らにはない視点で僕らの魅力を発見してくれた皆川さんたちにはとても感謝しています。

翼:多岐にわたる様々な方々によって創り上げられた『月と鮪 石上』の想いを今後来てくださるお客様にも繋いでいけたらと思います。

鳥羽:ローンチ時だけじゃなく、『月と鮪 石上』が10年先も、そのずっと先も素敵でいられるよう並走することが僕たちの責任だと思います。短期間の修業であれ、僕の店から二人に何かしらの学びを持って帰ってもらえたことは本当にうれしいし、来年にはもっともっといいコース料理になってるんじゃないかな? ガチで自分たちが訪れたいと思える宿をつくれたことが、本当によかった!

増田:私は地元出身ということで焼津の海には何があるんだろう、石上さんたちが残したいものはなんだろう? と折に触れて考えてきました。女将さんがお食事を出す時に季節の言葉を書いてくださる、そんな美しい所作も残したい……みたいな。焼津の人も取り残さないし、東京やほかのエリアの人にも魅力的なお宿を目指しましたので、どちらの方々にも足を運んでいただけるとうれしいですね。

柿﨑:今日改めて工事を終えた宿を見て、みなさんの前では控えめに喜んだのですが……実は相当うれしかったんです(笑)。毎日丁寧に磨かれたツヤツヤの古い廊下を歩いたら照明が反射してムードよく見える、日々の習慣や丁寧な所作が今後10、20年も宿を輝かせる、そんなサステナブルな宿になったのではとワクワクしました。

宮内:今回の座談会を通じて、これからのお宿が、私たちが想像もできない姿へと育っていって欲しいとあらためて思い、また、必ず育ってくれると確信しました!

今泉:最初に鳥羽さんがいらした時に「僕たちは衣食住の総合チームだ」と言ってくださったんですね。その言葉のとおり旅館って“総合プロデュース”なんだと実感することばかりで。各分野のプロたちの叡智とパワーを結集し、こだわりの宿が完成したことが感無量です。建物は生物。地元の桑高建設(株)さんや大工さん、日々営繕してきた設備屋さんのお力も借りながら、みんなで長い時間をかけてこれからも宿の歴史を繋いでいけたらなと思います。今後ともよろしくお願いします!

女将:みなさん、本当にありがとうございます。5月末の内覧会のご案内で、博報堂チームがつくってくださったDMを発送しましたところ、「この丸い窓はなに!? 絶対行きたい!」と多くの方々が反応してくださいました。内覧会では宿の階段を登ってダイニングルームを見た瞬間に「すごく素敵!」と感動される方ばかりで、SNSにもたくさん投稿してくださいました。「こんな素敵な場所でお食事ができるんですか?」とSNSを見た方からお問い合わせもありました。今日ここにいるみなさんが叡智を絞ってくださった一つ一つに、手応えを感じ、改めて感謝の気持ちでいっぱいです。一人でも多くのお客様の喜ぶ顔を見たいので、今からグランドオープンが待ち遠しくて仕方ありません。

 

 

 


■『月と鮪 石上』
https://www.magurono-oyado-ishigami.net/

■B1D
https://www.b1d.jp/

■sio
https://sio-yoyogiuehara.com/

■シズる
https://sizuru.co.jp/

■博報堂デザイン
https://www.hakuhodo-design.com/

 


スタッフクレジット
Text:城リユア(mogShore)/Photo:岡本卓大

 

ケトルキッチン編集部
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