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連載 : ”ローカルおじさん”の地域活性のホント 十番勝負

2021/06/01

“ローカルおじさん”の地域活性のホント 十番勝負 vol.10 岩木みさき×阿部博隆×井伊友博×青木良之×五味仁×日野昌暢「出来上がりは千差万別! 地域の食文化に適したみそが出来るまで」『みその教科書』(エクスナレッジ)刊行記念 前編

日野昌暢

“ローカルおじさん”こと博報堂ケトルの日野昌暢(『絶メシリスト』プロデューサーなど)が、本質的な地域活性を実践する方々をお招きするローカルシリーズ十番勝負、最終戦のテーマは、みそ。

2020年2月に刊行された『奇跡の発酵調味料 みその教科書』の著者で「みそ探訪家」の岩木みさきさんと、北海道から沖縄まで、岩木さんが歩いて巡った60カ所以上のみそ蔵の中から4人の若き造り手をゲストにお迎えします。

米みそを代表して、「和泉屋商店」(長野県)の阿部博隆さん
麦みそを代表して、「井伊商店」(愛媛県)の井伊友博さん
豆みそを代表して、「南蔵商店」(愛知県)の青木良之さん
合わせみそを代表して、「五味醤油」(山梨県)の五味仁さん

伝統の製法やこだわりを継ぐ造り手の思いから、そんなみその魅力を再発見する、最終戦にふさわしい一夜です。食分野で注目の「麹と発酵」「クラフト」に興味のある方、さらに、江戸時代には“万能薬”ともいわれたみそのレシピは、自粛疲れやマスクによる肌荒れなど不調に悩む人にも必見!


岩木みさき(いわき・みさき)
「生産と消費を紡ぐ」をテーマに、日本各地の現地取材、レシピ考案・撮影、ラジオやTV等のメディアにも出演。料理教室misa-kitchenを主催。講演や料理教室などの講師回数は1350回を超える。みそに魅せられ、日本各地のみそ蔵約61ヶ所110回以上訪問。木桶仕込みのみそを「ガチみそⓇ」と名付け、日本の伝統調味料みその魅力を伝えたいと活動中。2020年2月『みその教科書』(エクスナレッジ)出版。
http://www.misa-kitchen.jp
http://misotan.jp/

阿部博隆(あべ・ひろたか)
長野県・和泉屋商店の5代目。
元スポーツ選手という経歴を持つ。日本にみそを伝え信州みそを広めた人物・心地覚心が開いた安養寺の近く、360度広大な山を見渡せる佐久平の地で創業し160余年。
2~3年寝かせた後に6~8年寝かせたみそをブレンドさせ完成させる「安養寺みそ」は芳醇な香りと深いコクの米みそ。
https://www.izumikura.com

井伊友博(いい・ともひろ)
愛媛県・井伊商店の3代目。
ものづくりに憧れ、人が最も時間を費やす建物に興味をもち、建築を学び設計事務所で勤務後に蔵を継ぐ。
麹はもろ蓋を使用、天然醸造木桶仕込みといった蔵付き麹菌を大事にし、大豆は使わず麦だけで麦みそを造る独特の製法が特徴。地元では汁物はもちろん、煮魚にも使用されている。
https://iimiso.com

青木良之(あおき・よしゆき)
愛知県・南蔵商店の6代目。
幼い頃からみそ製造に興味を持ち、海外留学を経て視野を広げながら現在に至る。蔵の代表になると襲名する。
日本の風土に根差した、こだわりの伝統製法全麹仕込みで造る「里の味」は、コク・旨味・酸味・苦味のバランスが良く、汁物にするとすっきり感のある豆みそ。
https://minamigura.com

五味仁(ごみ・ひとし)
山梨県・五味醤油の6代目。
東京農業大学卒業後、タイの醤油メーカーに就職。「みそ屋の息子だからみそが作れるだろう」と安易な理由で大抜擢され、3年間勤めたのち五味醤油にカムバック。「手前みそ」を広めるために発酵兄妹(兄)として日々奮闘中! 
「やまごみそ」は、麦麹と米麹をミックスしたコクも甘みもしっかりしたみそ。
https://yamagomiso.com


(写真左上から時計回りに 日野昌暢、五味仁さん、岩木みさきさん、阿部博隆さん、井伊友博さん、青木良之さん 以下敬称略)

みその全容は誰も知らない

岩木:皆さんこんばんは。実践料理研究家、みそ探訪家の岩木みさきと申します。『みその教科書』という本を去年2020年2月に出版させていただいています。

10代の頃に拒食症と過食症を経験して、体重の振り幅が30キロぐらいあり、すごく肌荒れをしていたんですね。おでこから鼻や頬にすごい傷みたいなものがあって、それがコンプレックスでした。 そこから料理家を目指して独立して9年経ちますが、5年前に、日本の調味料のことをもっとちゃんと知りたいなと思って、みそ探訪を始めました。

みその教科書を作りたいというのは最初から野望としてあったのですが、今まであったみそに関する本って広辞苑みたいな分厚くて字ばっかりの本なんですよ。

日野:読む気がしないですね。

岩木:みそのことを知りたい時に、ちょっと読んだりするのに難しいなあと思ったので、分かりやすい本にしたいと作ったのが『みその教科書』です。

日野:はい、読みました。隅から隅まで。

岩木:ありがとうございます。みそというとみそ汁が代表ですが、実はいろんな料理にも使えます。もう1つ、私がお伝えしたいと思っているのが、この木桶というものですね。こういう容器で造っているところは、味噌生産量の1%以下と言われてすごく希少になっています。

みそ探訪する中で 貴重な蔵元さんたちと出会って、この木の桶で造られているおみそも1人でも多くの方に知って頂きたいと思って、この本では扉に使っています。

日野:みさきさんは、みそ業界全体の全容は誰も把握できていないとおっしゃっていませんでしたっけ?

岩木:そうですね。みそって地域性がとても強くて横のつながりが少ないんですね。みんな想いやこだわりがあって美味しいみそを造っているけど、お互いの情報とか、悩みごとを相談できる交流があれば、もっと楽しく情報発信できるんじゃないかなと思っていました。

みそというのは、麹が変わると、種類が変わるんですね。米みそ、麦みそ、豆みそという3種類があって、それを合わせると合わせみそになるので、その種類別の代表というところで4名選ばせていただいています。では、井伊さんからお願いします。

みそなのに大豆が入ってない

井伊:愛媛県の宇和島市という南西部に位置するところで、「麦みそ」だけを製造している井伊商店の3代目井伊友博と申します。うちは創業が1958年で、比較的皆さんと比べると新しい蔵になります。じいちゃんの世代から僕で3代目なんですけど、今は僕と父と母3人で、毎月仕込んでいます。

日野:みその教科書に、みそというものは豆からできているものであると書いてあるのに、井伊さんのところは大豆を使っていないんですよね?

井伊:はい、そうなんです。自分の店の事しかあまり知らないですけど、豆を使ってないというのは他の皆さんからするとかなりびっくりするところみたいで。うちは、愛媛県では生産量が日本で1番のはだか麦と香川県の塩のみで仕込んでいるみそ蔵です。

岩木:宇和島ではスタンダードなおみそなんでしょうか。

井伊:厳密に言うとみその定義は大豆が入ってないといけないとあるんですけど、こっちの地方は、調味料はお醤油にしてもみそにしても甘い文化なので。

日野:井伊さんは家を継いで麦だけで造っていて、周りと比べてみその造り方がちょっと変わっていることに気づいたんですかね。

井伊:そうですね、はい。

日野:いいですね、地域に根ざしている感じ。

「安養寺みそ」を復活させる

阿部:長野県の佐久市にある和泉屋商店の阿部と申します。温醸室にいるんですけど 28°くらいあるので汗ダラダラです。よろしくお願いします。

岩木:お願いします。長野に「安養寺みそ」というのがありまして、安養寺という信州みその発祥のお寺があるんですね。

長野出身の心地覚心(しんちかくしん)という人物が、中国に渡って中国から日本におみそを広めた人と言われているんです。その人が帰ってきてみそを広めた安養寺のそばにあるのが、和泉屋商店さん。阿部さんの蔵になりますね。

日野:めちゃくちゃ重要なみそだということですね。

岩木:そうなんです。長野にも心地覚心の人物情報は口伝伝承だけでお寺に伝わっている情報しかないそうです。

阿部:佐久平産の大豆を100%という形で、その安養寺みそ復活させたというか。信州みそ発祥の地佐久市安養寺の、安養寺みそとして広げていこうという動きがありました。

日野:なるほど、ありがとうございます。僕はみそのことわからないなりに、軽井沢に遊びに行ったときに買って帰るおみそは美味しいなと思っていたんですよね。多分信州みそということだと思うんですけど、佐久も軽井沢のお隣ですもんね。

阿部:そうですね。

日野:阿部さんのところは木桶ではなくて、背景に見えているところにみそが入っているってことですね。

阿部:そうですね。後ろの容器1つで600キロなんですけど、これにどんどん仕込んでく感じですね。昔は木桶で、工場を立て直して全部このFRP(プラスチック容器)になりました。

「若」たちの横のつながりを作る

岩木:では愛知県にある南蔵商店の青木さんよろしくお願いします。

青木:愛知県武豊町で、大豆だけで造っている「豆みそ」です。創業が1870年なので、今年で146年ほどになります。僕で6代目です。創業当時からの木桶を使っていまして、そこで3年間熟成させて皆さんに食べていただいています。

 

岩木:井伊さんのところの麦と塩だけで仕込む全麹仕込みに対して、豆みその全麹仕込みをやっているのが、この南蔵商店さんなんです。私が元々「若」と言う名前を初めてつけさせていただいたのが、この青木さんです。 

日野:そうなんですか、初代若。

岩木:私がみそ探訪始めた5年前は青木さんは23歳で、自分が独立してがむしゃらにやってきた時に近い年齢の方にお会いしてお話を伺いました。青木良之さんとの出会いから「若」が他にもいるのかなとか、自分と同じぐらいの世代の皆さんたちと何かをしたいなというのは、5年前から思っていたことなんですね。

日野:今、焼酎や醤油とかの他の業界もそうですね。ちょうど団塊の世代がそろそろ70歳超えてきて、40、30ぐらいの若い世代の人たちが蔵を継いで、これまでのやり方だとどうも生きていけないぞと、横での繋がりが始まっている感じはすごくありますよね。

岩木:若同士が一緒になることで、学びがあったり、情報交換にものすごく意味があると思ったので蔵元さん同士が会話をするって、これからの日本の調味料みそを広めていくには大事なことだし、必要なことだと思っているんですね。

赤だしと豆みそ

日野:青木さんのところの豆みそがピンと来てなかったんですけど、教科書の中に米みそ、豆みそ、麦みその分布図があってですね。中部地方でのいわゆる赤いみそ。何のことを赤だしって言うのかとかも冒頭に聞いておければなと。

岩木:定義はみそ組合さんやみそ業界でも無いそうなんですね。多くの方がきっと豆みそで造ったおみそ汁のことを赤だしと呼んでいるのかなと思っています。南蔵商店さんの豆みそは爽やかさもあるのでちょっと皆さんのイメージとは違うかも知れません。

一般的なみそというのは、大豆・塩・米麹の3つで造るんですけど、この米麹の代わりに豆麹がくると、豆みそなんですね。

地域によって大豆×豆麹を合わせるところもあるんですけど、南蔵商店さんのところは大豆は全部麹にしちゃって、全麹という仕込みかたです。これの麦バージョンが井伊さんのところですね。

日野:わかりやすい数学の先生の授業聞いている感がありましたね。ありがとうございます。

岩木:私、豆麹見ると萌えるなと思うんです。赤ちゃんキウイみたいな感じでモフモフしてるんですよ。

日野:なるほど(笑)? 原型は普通の大豆と同じもので、そこに麹菌を吹き付けてまあカビの1種を生やしたものということですよね。

岩木:大豆を煮て加熱してこうなるんですけど、南蔵商店さんのところの豆麹はまたこの状態からちょっと違うんですよね。

青木:そうですね。写真があるのでご覧いただこうと思います。

青木:それと、これが先ほど話した木桶と僕と父の写真です。

日野:創業当初からと仰っていましたけど木桶ってそんなに長く持つものなんですか?

青木:ええ、大切に使えば200年から300年近く。一般的には150年ぐらいと言われてはいます。

日野:日本家屋と同じような感じで木桶も使い続ければ、長持ちするんですね。

多彩なみその発信の仕方

岩木:では続いて五味醤油の五味さんよろしくお願いします。

五味:山梨県の甲府市で「やまごみそ」を造っている五味醤油の五味仁です。創業が明治元年なので、だいたい152年目か3年目ぐらいです。

日野:徳川家が幕府やっていた直後くらい!

五味:わちゃわちゃしている時によく創業したなと思うと、そうですよね。うちは木桶も使っているんですけど、甲府の空襲で焼けています。

特徴は米麹と麦麹を煮てつぶした大豆を合わせる「合わせみそ」とか「調合みそ」と言われるジャンル、「甲州みそ」というおみそを造っています。

日野:なるほど。みさきさんが持っているその絵本は何ですか?

岩木:はいこれはですね。五味さんが『てまえみそのうた』を作られたんですね。

日野:多才ですね、どんな時に使うために歌を作ったんですか?

五味:みそを家で造ろうじゃないかという、みそ造りの教室をしていまして、3分でみその造り方がわかるアニメーションを仲間と一緒に作りました。

日野:五味さんは蔵を継がれる前は何をされていたんですか?

五味:結構普通で、醤油屋で働いてたんですよ。

日野:音楽関係のことやっていたとかそういうことではないんですね。

五味:ないですね。東京農業大学出て、醤油蔵で働いて、みそや調味料造ったりして実家戻ってきてるんで、すごいスタンダードです。

日野:なるほど。蔵の跡取りの王道で、東京農大から実家とは別の蔵で修行ということですね。でも僕がこのイベントの告知をした時にミュージシャンの友達から、「最後にライブしたのは五味醤油です」という謎のコメントが入ってきて。五味醤油はライブもやっているんですか?

五味:そうなんです。みそ造りのワークショップできる場所がフリースペースみたいにあって。ライブハウス借りるまでもないくらいの人数の時って場所借りるところ困るじゃないですか。

日野:そうですね。

五味:貸したんですけど入りきれないくらい来ていて(笑)。

日野:じゃあいつもライブをやってるわけじゃなくて、たまたまそういう依頼があったという感じなんですね。

五味:そうです。他にも食と暮らしにまつわるイベントはしています。みそ造りワークショップの場所とプラス、元々醤油をつくっていた蔵が喫茶店もやっていて洋服の展示もやったりします。

日野:五味さんはラジオでトーク番組もお持ちなんですよね?

五味:そうなんですよ。

日野:実は聞いたことあるんです。さっき普通ですとおっしゃっていますけども、ライブやられたり、ラジオの番組やられたり、絵本作られたり。みそ蔵としては情報発信の方法を多彩にやられているというのをすごく感じているので、その辺りもお話聞ければなと思っています。

五味:ありがとうございます。興味もってもらえて。

日野:ようやく一周したところですけども、みさきさんもみその話で2時間も何を話すんだとみんなに言われたそうですね。

岩木:言われました! ラジオで以前3時間生放送があったんです。NHKさんで、本当に何話すんだと言われましたけど、足りなかったですね。

みそ蔵の若たちの知られざる経歴

岩木:みそ蔵さんって、蔵に生まれてずっと蔵を継いでいるイメージがあるかもしれないですけど、実はそれぞれ経歴が色々あるんですよね。是非皆さんにその辺りをちょっと伺いたいなと思っています。

阿部:もともと長野県人なのでずっとスキーをやっていまして。生まれた時から自分はもうみそ屋を継ぐ感じで大学は東京農大の醸造科だったんですが、親父に土下座してお願いをして。全日本の大会に出て30歳まではずっとスキーの選手をしていました。

日野:競技は何ですか?

阿部:大学まではアルペンスキーをやっていて、今もスキー学校や大会でコーチしたり、続けています。

岩木:みそ蔵さんで、元スポーツ選手がいるってすごい衝撃で、ええ! とびっくりしたんです。日本各地60カ所以上回っているんですけど、そういう方は今のところいないのですごい印象に強く残るんじゃないかなと。井伊さんは実は別の専門のことをやられていたんですよね。

井伊:そうです。僕は大学で本気で建築家を目指して勉強していました。就職も山口県の設計事務所に入っていて、将来は地元の松山で設計事務所として独立しようとしていました。

でも地元に帰ると言っても愛媛県松山市は宇和島と100キロぐらい離れたところで。母とか、ばあちゃんからはボソッと「帰ってこんの?」と言われることはありました。親父は「お前は継ぐつもりないのはわかってるからいいよ」って。本当は寂しいんじゃないかなというのも頭にあって、家業の方がちょっと気になりました。

せっかくじいちゃんの代から続いとるのって結構すごいことだし、それを潰すのもちょっともったいないなと思って。松山で働いてる間に実家への想いが結構高まってきて、家業を継いだのが28歳です。家業を継いで11年目になります。

日野: 僕も建築やっていたんですけど、大変な世界でそっちに行く勇気がなかったので僕はサラリーマンになってしまいましたけども、そうだったんですね。

岩木:この話は私もしっかり聞いたことがなかったです。うちは母が料理家をしているとかではなく、一般的な家庭なんですよね。私もやりたいことがあって飛び出した方で。同じように、やりたいことがあって飛び出したみなさんだったんだなあと。

聞き出さないと聞けない若たちのこと

岩木:ところで五味さんは先ほど結構普通、とおっしゃっていたんですけど醤油のお仕事されていたのが日本じゃなかったんですよね?

日野:ちょっと! 普通じゃないところめっちゃ隠すんですけど(笑)。日本のどこかで醤油を作っていたのかと思ったら違うんですね。どこなんですか?

五味:ええと、 東南アジアのタイです。

日野:ナンプラーじゃなくて日本の醤油を造ってたんですか?

五味:そうなんですよね。15、6年ぐらい前です。今は多分貿易の関係で日本から持って行ってもそんな高くないですけど当時は結構高かったので、現地で造って焼き鳥とか冷凍食品とか、ヨーロッパ向けの工場で働いていました。

日野:それはどこかの会社に入った結果そこに配属されたんですか。それともタイに行こうと思ってそこにいたんですか。

五味:知り合いのみそ屋に丁稚奉公させてくださいって言ったら、丁度タイに工場あるから行っておいでみたいな感じなんです。まあ、たまたまですね。

日野:5秒ぐらいで話されましたけど、結構えらい話ですよね。みそ蔵に戻る手前まではタイにいらっしゃったってことなんですか?

五味:そうです。

日野:何年間ぐらいいたんですか?

五味:3年いました。仕事もタイ語で工場やらなきゃいけなかったから来た時は結構喋れていましたね。

岩木:すごく淡々と話されたりするんですけど、ええ!! とビックリして。

日野:五味さんは相当聞き込まないと本当のこと言わないですね。

岩木:これは皆さんそういう感じなんですよ。阿部さんや井伊さんとかも結構ね、自分のことあまり話さない方が多いですね。

日野:うん、そうですよね。この流れで行くと青木さんはどうですかね?

青木:僕も東京農業大学醸造科学科を出ていますね。焼酎の大きい蔵や醤油メーカーさんとか大きいところの跡取りさんばっかりで。小さい蔵で恥ずかしいなあという思いもありながら、何人かはちっちゃい蔵でも頑張っているからって慰めあったりもして。

日野:大きい蔵の人が偉そうなんですか?

青木:うーん、それは偉そうというか…。

日野:あ、五味さんがなんかリアクションしていますね。

五味:それね、ありますよ。

日野:ちょっと大きいから偉そうにしてる、みたいなんですかね。

五味:みんなが知っているようなメーカーのところはやっぱり違うな、と陰で話題になっちゃうわけではありまして。

青木:それで卒業して僕は語学留学がしたかったので、アメリカに行って英語を頑張って覚えて1年後に実家に帰ってきましたね。

日野:うん。皆さんみそ蔵に入る前はいろいろなスポーツをやったり、建築やったり留学をしたりとか 。

岩木:みそ蔵さんはあんまり見学をオープンにされているところも少ないですよね。寡黙な方だったり、何度も接しないと難しい方が多いのかなというイメージが多かったんですよね。

日野:みその料理好きだけど、みそに対してのイメージというのは、持てるほど情報がないというか、スーパーマーケットに並んでいるものやパッケージでしかないのでまあそれ以上の情報がなかなか入ってこないですよね。

日本酒をすごく飲んでる人と話した時に、「どの日本酒が1番美味しいですか」みたいな質問あるじゃないですか。その人の答えが面白くて、作り手の人と一緒に飲んでいる時が1番美味いですと言うんですよね。

それは絶対そうだなと思っています。 もう目の前に作った人がいて一生懸命日本酒を造っているわけなんですけど、その人の話を聞きながら飲むその酒が絶対美味いに決まってるので。

今日4つのお店のみそをお取り寄せさせていただいて、皆さんの人柄がちょっと見える中で、みそを溶くと味も違うと言うか。想像できるものが増えた方が美味しくなるというのがありますよね。

岩木:そう思います! 知らないよりも、知っていた方がみえるものも感じられるものも増えるなと思って。私はやたら好奇心旺盛な性格なので、もう知りたい! 見に行きたい! みたいな感じで、みそ探訪が始まっています。

視聴者の方から「蔵の見学がしたいです」とコメントがありましたね。ねぇ、みんなでしたいですよね。

日野:みさきさんが企画して ツアーができるようになったらいいですね。

岩木:みそトークをしているイベントがあまりないので、もっと開催していったら、気になる方いるんじゃないかなと思っています。

日野:そうですよね。ローカルの良い所をまわるツーリズムみたいなものを開催されている方はいるんですけど、ゴールデンルートと言われる、東京行って富士山見て京都に行って帰っちゃうパターンがありますよね。

そこでリピーターの人達が増えてくると、ゴールデンルートじゃないところに行きたいと思い始めるんですよね。日本の本当の文化に触れるということを体験していく時に、実はおみそやお醤油、日本酒の蔵をめぐるというのは1つ可能性があるなというふうに思いますね。

岩木:本当に、こう情報発信しているのを今日いろいろな蔵元さんが見てくださってたりすると「こうやってやればいいのか」とか参考になればと思います。

(中編に続きます)

日野昌暢
1975年福岡県生まれ。2000年博報堂入社。営業職として14年間、飲料、食品、トイレタリー、通信など、様々な得意先を歴任後、2014年よりケトル加入。「預かったご予算を着実な効果にしてお戻しする」という強い想いとともに、商品開発、店頭プロモーションから、PR、マスメディアにわたる幅広い経験を活かした統合プロデュースを手がける。支社勤務経験もあるため、ローカルプロモーションを得意とする通称”ローカルおじさん”。受賞歴に、ACC TOKYO CREATIVE AWARD グランプリ、Spikes Asia ゴールド、カンヌライオンズ ブロンズ、ADFEST ゴールドなど。
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