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連載 : きむらけんたろうの旅先で俺も考えた。

2019/12/12

第1話 ジョージアで、豊かさについて考えた。

木村健太郎

2019年9月にジョージアに行ってきました。ジョージアといっても、アメリカの州ではなくて、昔グルジアと言われていた、アジアとヨーロッパの間、トルコとロシアの間にある人口400万人程度の小さな国です。ラグビーチームが来てましたよね。ワイン発祥の地。そして、力士の栃ノ心のふるさとです。ちなみに、「君たちの国名は日本の代表的な缶コーヒーブランドだよ」と言ったらびっくりしてました。

目的はAd Black Seaという広告祭の審査。ブラックシーというのは黒海。つまり日本語では「黒海広告祭」ですね。で、着いた日に海を見たら本当に真っ黒で、自分的にかなり舞い上がったわけですよ。おー、黒いから黒海なのかー!なるほどねー。やっぱりなー。でも、それはその日雨が降っていたからで、翌日カラッと晴れたら普通に青い海。千葉と一緒でした。

その黒海沿いのバトゥミという街で審査とフェスティバルが行われて、僕はプリント部門、デザイン部門、アウトドア部門の審査委員長をしました。そのあと3日間行われたフェスティバルでは著名なスピーカーたちに混じって自分もクリエイティビティついてのセミナーをやりました。

現地に行くまではローカル(ひとつの国)の広告祭だと思ってましたが、実はリージョナル(地域の複数カ国)の広告祭でした。作品も審査員も、ジョージアに加え、ウクライナ、ロシア、カザフスタン、トルコ、ベラルーシ、リトアニアなどのバルト3国、ブルガリア、ルーマニアなどと様々な国から来ています。アジアパシフィックの西にはヨーロッパと中東があると思いがちですが、実はその手前にこれらの国々、中央アジアと東欧にまたがる巨大な文化経済圏があるのですね。ジョージアはそのちょうど真ん中あたりに位置しています。

日本の広告祭と比べてうらやましいなと思うことは、若くて明るくてエネルギッシュなことです。受賞式でも受賞した人は本当に嬉しそうだし、女性が多くて華やかだし、セミナーでも盛り上がり方がちがう。旧共産主義国ではジェネレーションギャップが激しいことが多いのですが、ちなみにジョージアでは、伝統的な世代や、旧ソビエト連邦時代の気質を持つ世代に対して、彼らのようなオープンでインターナショナルな若い世代のことを「バブル」と呼ぶそうです。面白いですね。

フェスティバルが終わってから、首都のトビリシを訪れました。街を案内してもらって、僕を招待してくれたリービングストーンという独立系のエージェンシーで2時間くらいQ&A形式のトークショーをやりました。ケトルのメソッドやカルチャーについてたくさん質問を受けました。「手口ニュートラルなアイデアを生み出すためには、やったことのない領域に越境し続けなければいけないんです。コンフォートゾーン(心地いい環境)にとどまっていたら時代に取り残されてしまいます」という話をしたりしました。

ところで、ジョージアは、日本といくつか共通点があるような気がします。歴史が古い。料理がうまい。近隣の大国と領土問題をかかえている。言語や文字が極めてユニーク。そんなわけだからか、僕の感覚ではかなりの親日国家です。ジョージアに行ったことがある人は、口々にジョージアはいい国ですよというのですが、来てみて意味がわかりました。

数日いただけでしたが、人々の暮らしがなんだか豊かなんです。生活文化が美しくて楽しんでいる。彼らが日本で働いたらどう思うだろうか、と考えてみると、満員電車に乗って時間に追われて働く日本の暮らしより、こっちのほうが余裕があって豊かなんじゃないかという感じがしてしまうのです。ジョージアの一人当たりのGDP(2017年)は日本の9分の1くらいなのに。この感覚、旧共産圏の東ヨーロッパ諸国で感じることがあります。経済的な指標と生活の豊かさは必ずしも一緒じゃないなと。

トビリシの街を歩くと、デザインがいい。ホテルもレストランも街並みも。細かいところが気が利いています。デザインがいいと、心地いい。住む、食べる、歩く、その瞬間が気持ち良いのです。

人々のホスピタリティも素晴らしい。ホスピタリティが優れてるなあと思う国は他にもたくさんありますが、ジョージアの人々のそれは、相手の気持ちを考えた臨機応変なホスピタリティを感じるんです。

バトゥミからトビリシまでは5時間くらい特急に乗っていたのですが、向かいの席に座っていた乗客が騒ぎ出したら、わざわざ車掌さんが来て、別の席をご用意しましょうかと言ってくれました。

トビリシの旧市街は、ソビエト連邦時代に壊されてしまった昔の街並みを復元する再開発の真っ最中で、工事を待つ廃墟のような建物がたくさんあるのですが、その中のひとつの古い建物に入ったときのこと。薄暗い壁にQRコードがスプレーで塗られていて、それをスマホで読み込んだら、YouTubeでマイルス デイヴィスが流れだしたんです。何世紀も前に作られた建物の誰もいない部屋にマイルスのトランペットが響き渡って、それが空間にシンクロして、しばしタイムトリップしました。この建物を訪れる人のことを考えたグラフィティ。誰がやったのか分からないけど、すてきなホスピタリティですよね。

この国、最近はCMの撮影ロケによく使われるので、この広告祭でも西ヨーロッパから来たプロデューサーと何人か会いましたが、「ここは住むにはとてもいい国だけど、結構のんびりしてるから仕事をすると大変なこともある」と言う声を聞きました。うん、余裕がある反面、時間にはあまり厳しくないかも。まあ、のんびりしている。

トビリシ最後の夜、リービングストーンのみんなとバーで飲んでいるときに、今回の広告祭で一番印象に残ったキーワードは何?というテーマで回していったら、ひとりの女性が「コンフォートゾーン!」と言いました。おいおい俺が言った趣旨と反対じゃないか。でも、僕の話を聞いて、逆に日々の暮らしを心地よく暮らす大切さを改めて感じたということで、大笑いになりました。コンフォートゾーン万歳!とみんなで深く納得したわけです。

経済的に豊かと言われる国は、どこか無理したり我慢したりしてるのかもしれません。
もしかしたら、経済的な豊かさとくらしの豊かさは、トレードオフなのかもしれないなと思いました。

木村健太郎
1992年に博報堂入社後、ストラテジーからクリエイティブ、デジタル、PRまで職種領域を越境したスタイルを確立し、2006年嶋と共同CEOとして博報堂ケトルを設立。マス広告を基軸としたインテグレートキャンペーンから、デジタルやアウトドアを基軸としたイノベーティブなキャンペーンまで幅広い得意技を持つ。これまで10のグランプリを含む150を超える国内外の広告賞を受賞し、カンヌライオンズチタニウム部門審査員、アドフェスト審査員長、スパイクスアジア審査員長など25回以上の国際広告賞の審査員経験を持つ。海外での講演も多く、2013年から5回にわたりカンヌライオンズ公式スピーカー。ADWEEKの世界のクリエイティブ100に選ばれる。2017年からケトルに加え、博報堂の海外ビジネスのスタッフ部門を統括する役職を兼任。グローバル統合ソリューション局局長と博報堂インターナショナルのチーフクリエイティブオフィサーとして年間100日間程度海外を飛び回る生活をしてきた。著書に『ブレイクスルーひらめきはロジックから生まれる』(宣伝会議)がある。
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