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連載 : きむらけんたろうの旅先で俺も考えた。

2022/10/12

第17話 ニューヨークでオリジナリティについて考えた。

木村健太郎

6月の前半に、2年ぶりの海外出張でボストンのバブソン大学というところに行ったのですが、その往きと帰りに、ニューヨークに立ち寄りました。

昨年ウェストビレッジに新しいオフィスをオープンした博報堂USAで打ち合わせをして、ボストンで受けるケーススタディ講義の準備やまとめをしたのですが、その合間に街を歩いてみました。

ちょうど気持ちいい季節になったタイミングでもあり、ニューヨーカーたちは長い新型コロナの暗い時代から解放された喜びに満ち溢れていました。
「Mask Required」(要マスク)と書かれた特定の場所以外では、マスクをする人はほぼいません。
街全体がウキウキしていて、ちょっと浮かれている感じ。

 

 

感染防止のためでしょうか、多くのレストランが道路に簡易な屋根付きのテラス席を設けるようになっていて、人々は外でご飯を食べたりお酒を飲むのを楽しんでいます。

どこを歩いても、嬉しそうな顔をしている人ばかり。
笑っている人が多い街はいい街だな
と思いました。

 

 

さて、朝ごはんを食べに、ホテルの近くのカフェに行きました。
ニューヨークに数店舗ある、決して高級ではないカフェ。
でも、フランスの田舎をイメージしたオーガニックな内装で、独特の素敵な世界観です。
そこで、クロックムッシュとコーヒーを頼みました。
小さなサラダもついてきました。

さて、いくらでしょう?

 

 

チップは18〜20%が相場なので、合わせてお会計25ドル。
むむむ、やはり結構高いな。
日本円ではいくらだろう。
1ドル133円だから...
3300円!!!

いたたたたた。
ニューヨークはもともと物価は高い街ですが、これは明らかにインフレと円安のダブルパンチを喰らった感じです。
この街には学生の時から何度も来ていますが、こんなに全てが高いと感じたのは初めてです。

どうしてこんなことになっちゃったんだろう。

コロナ対策で市場にお金が大量に流通した。しかしコロナや戦争によって材料や物流にかかる値段が急騰して世界中で物価が上がった。さらに特にアメリカではGreat Resignationと言われていて、高い賃金で転職するのがブームになっており、人件費の高騰もインフレを推し進めた。

一方、日本はイノベーションや新しい産業が生まれず、長いデフレの時代が続き、給料も上がらず、さらに金融緩和を続けざるを得ないため、日米での金利差が拡大し、急激に円安になった。

僕は経済の専門家ではないのでニュースで言われているこれくらいのことしか知りませんが、今回ビジネススクールで習ったことも含めていうと、だいたいこんな風に言われていますよね。

でもそれにしても、一体全体なんでこんなに差がついちゃったんだろう。
「日本やばい」とあちこちで書かれているけど、本当はどれくらいやばいのか。
理屈ではわかってるつもりでも、感覚的に腹落ちしたい自分がいました。

今回ニューヨークを歩いて、その理由がちょっとだけ体感できました。

ニューヨークでカフェやレストランや、ブティックや雑貨店は、内装のデザインがユニークなことが多いです。
壁に独特な絵が書いてあったり、見たこと無いようなシャンデリアが吊り下がっていたり、バイクや楽器が飾ってあったりして、他の店にないオリジナルな世界観を作り出してる。
食事のメニューやサービスのホスピタリティにも、他にはないオリジナルな何かがあることが多いのです。

そうすると、人間というのは不思議なもので、値段が高くても、他では味わえないのであれば高くても仕方ないか、と納得してしまう。

そこでしか体験できない希少価値は単価を上げることができる。
それがイノベーションと呼べるものではなかったり、実際に受け取るベネフィットの付加価値と呼べないものだったとしても。

オリジナリティは、それ自体が価値なんだな。
オンリーワンは、単価が高い理由になりうるのだな。
でも逆に、他でも体験できるものだと、余計にお金を払いたくありませんよね。
むしろなるべく安く済ましたくなります。

だから、人の真似をした製品やサービスは、コストは下がるし、客数は増えるかもしれないけれど、単価を上げることはできないのです。

つまり、真似される側の単価は高く、真似する側の単価は安いのですね。

アメリカという国は、単価を上げるための意識や努力がすごいのではないか、それがこの価格上昇を進めているのではないか、と思えたのです。

振り返って日本は、長いデフレの時代に、客数を増やしたり、効率を上げてコストを下げるためには血の滲むような努力をしてきたし、そのためにクリエイティビティを駆使してきたと思います。
でも、これからは一定のお金でなるべく多くのサービスを提供することより、その単価を上げようという動機とそのための知恵と工夫の余地がまだまだあるはず。

数年前に、ピーターティールというPayPal の創業者が「競争するな、独占せよ」ということを主張しましたが、独占的価値というのは、値段が高い理由になりうるものなのです。

競合他社と顧客を奪い合ったり、標準化して効率をあげたりするより、もっとオリジナリティで単価を上げることを真剣に考えないと、この物価のギャップは縮まらないかもしれないな。

お会計をしてからユニオンスクエアのあたりまで歩きながら、ぶつぶつそんなことを考えました。

 

 

帰国前にPCR検査をした帰りに、セントラルパークを歩きました。
みんなが思い思いの楽しみ方をしています。

上半身裸で太陽を楽しんでいる人もいれば、バトミントンやフリスビーをしている人もいるし、日本の漫画を読んでいるカップルもいれば、音楽をかけて踊ったり歌ってる人もいる。

みんな楽しそうだなあ。

 

 

よし、僕も何かしら自分ならではの楽しみ方がしたいと思い立ちました。
芝生の上でヨガの太陽礼拝をやってみました。
最高に気持ちいい。
調子に乗って、頭を芝生につけて、足を蹴り上げて、三点倒立をしてみました。
地球の裏側で、世界がひっくり返って楽しい。

でもなんだろう、日本にいるときには味わえないこの心地よさは。
マスクしてないからかな。
2年ぶりの海外だからかな。
いや、何かが日本にいる時と違う気がする。

そして思い当たりました。

何をしていても、人の目が気にならないからだ。

太陽礼拝をしていても、三点倒立してても、誰も僕のことを見ない。
社会のルールに違反さえしていなければ、行動の多様性を許される寛容な社会。
これは、同調圧力の強い日本では味わえない感覚です。

人と違うことが気にならない感覚。
もしかしたらそんなところにも、オリジナリティを大事にする文化が根付いているかもしれないなと思いました。

 

木村健太郎
1992年に博報堂入社後、ストラテジーからクリエイティブ、デジタル、PRまで職種領域を越境したスタイルを確立し、2006年嶋と共同CEOとして博報堂ケトルを設立。マス広告を基軸としたインテグレートキャンペーンから、デジタルやアウトドアを基軸としたイノベーティブなキャンペーンまで幅広い得意技を持つ。これまで10のグランプリを含む150を超える国内外の広告賞を受賞し、カンヌライオンズチタニウム部門審査員、アドフェスト審査員長、スパイクスアジア審査員長など25回以上の国際広告賞の審査員経験を持つ。海外での講演も多く、2013年から5回にわたりカンヌライオンズ公式スピーカー。ADWEEKの世界のクリエイティブ100に選ばれる。2017年からケトルに加え、博報堂の海外ビジネスのスタッフ部門を統括する役職を兼任。グローバル統合ソリューション局局長と博報堂インターナショナルのチーフクリエイティブオフィサーとして年間100日間程度海外を飛び回る生活をしてきた。著書に『ブレイクスルーひらめきはロジックから生まれる』(宣伝会議)がある。
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