2019/12/26
第3話 上海からの機内で、時の流れについて考えた。
木村健太郎
今から4年ほど前の日記です。
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上海から羽田への帰国便で、さっきから隣の席に座った男の挙動が落ち着かない。
こぎれいなブルーのジャージを着た20才くらいの好青年っぽい中国人なのだが、立ったり座ったり。
空調や脱出装置をいじったり。
間違えてボタン押してCA呼んじゃったり。
あー、これから3時間この席か。
まあ、海外でエコノミーに乗ると、こういうことは時々あることだ。
その男が、機内食のトレーが運ばれて来た時、意を決したように僕の方を見て、かなりたどたどしい英語で話しかけてきた。
「あのー、ビールは、無料なのですか?」
「そうですよ」
するとその男はとてもうれしそうな顔をした。
「わー、日本のビールを飲むのは初めてです」
それからしばらくして、僕がCAからコーヒーをもらって飲んでいると、彼はポケットから小袋を出してこう言った。
「砂糖持ってるから、使ってください」
手のひらには、中国語が書いてあるしわくちゃな白い砂糖袋。
「要らないですよ。言えばもらえるし。でもありがとう」
それから、僕らはたどたどしい英語と中国語でゆっくりと会話を交換していった。
初めての日本、5日間。初めての海外旅行。
さっきの数々の挙動不信な行動はそのせいだったんだな。
それから、羽田に着くまでの間、この人に日本を好きになってもらうことを心から願って、いろいろなことを教える僕。
と、その瞬間、僕はなんだか強いフラッシュバックに襲われた。
そうだ。この男、20数年前の俺そのものだ。
初めての異国。現地フライト。不安と興奮。
そう、あの時の僕は知らないことだらけだった。
旅の常識やしきたりについても。
国際線でビールがタダということさえも。
そして、隣の席にはたいてい、落ち着いた大人の欧米人がいて、経済成長著しいアジアの国から来た、英語もおぼつかない僕に対して、ジョークを交えながら丁寧にいろいろな基礎知識を教えてくれたものだ。
それが今の僕なんだな。


