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連載 : きむらけんたろうの旅先で俺も考えた。

2021/03/17

第12話 タイで、旅の目的について考えた。

木村健太郎

ケトルを立ち上げるちょっと前の出来事です。
ちょうど自分に面白い仕事のチャンスが次々やってくるようになった頃。
もともとしっかり休みを取る方だった僕が、全く休みを取らずに仕事に夢中になっていました。

そんな時に、突然仕事の切れ目が来て、数日休めることになったのです。

あれ、でも何すればいいかわからないぞ。
いかんいかん。
おれって完全に仕事中毒になっているな。
とにかく、日常と離れた場所でリラックスしなくちゃ。

でも一緒に休暇を取れる友達もいない。
家でだらだら過ごすのはいやだし。

よし、決めた。ひとりで海外に行こう。
日本から最短で行けるビーチに行こう。

そう考えて、タイのコサメットという島に行くことにしました。
バックパッカーをしている頃に何度か行ったことがある、バンコクから一番近い島です。

思い立ったら吉日。善は急げ。

さっそく飛行機のチケットをとりました。

深夜に出発するフライトに乗ると、翌日の早朝にバンコクに着きます。
空港で朝ご飯を食べて、電車を乗り継いで市内に出ます。
エカマイという駅から歩くと大きなバスターミナルがあって、そこから、バスに乗ると3時間ほどでバンペーという港に着きます。
そこから、30分くらい船に乗るとコサメット。
宿は島についてから決めればいい。
安くてのんびりできるゲストハウスやバンガローがたくさんあるから。

バンペー港に着いたのは、午後2時頃だったと思います。
さっそく船のチケットを買って桟橋に行ったらボートがとまっていました。
「何時に出ますか?」
と聞いたら
「20人集まったら」
とのこと。
でも乗客は僕1人。
前のボートが出たばっかりなのかな。
まあ仕方ない。待つか。

まずは情報収集しようと思ってもう一度チケット売り場の辺りをうろうろしました。
でも、新しい情報は何もありませんでした。
買い物をしようと思って桟橋の周りに何軒かあるお店をひやかしました。
でも、どれも同じような土産物ですぐに飽きてしまいました。
完全にやることがなくなったので、コンビニでビールを買って桟橋に戻りました。

ボートは相変わらず出航する様子はみじんもなく、風に吹かれてチャポチャポ波に揺れています。
ボートの中で寝ていたタンクトップの乗組員が降りて、ラジオでタイポップを流し始めました。
「まだ出ないのですか?」
と聞いたら
「20人集まったらね。」
同じ答えです。
だんだんイライラしてきました。

もう、まったく。
せっかく休み取ったのに。なんてついてないんだ。

とりあえず桟橋の先端に座ってビールを飲みました。
ふり返ると、ボートの乗組員たちが埠頭に座り込んでいました。
よく見ると、コーラの瓶のキャップをマス目が描かれたベニア板に並べて、なにやらチェスのような遊びを始めています。

おいおい、お前らいい加減にしろよ。
遊ぶ暇あるなら船出そうよ。
でも、これは一体どういうルールなんだろう。
チェスじゃないな。
はさみ将棋かな。
いやいや軍人将棋のようなゲームなのか。

しばし観戦。

時計を見ると、もう4時。
もうイライラもなくなって、怒りを通り越して、あきらめの境地。
僕はただ、風に当たりながら、タイポップが流れる桟橋の先端で、ぼーっと海を見ながら、ただ待つだけ。

いつ出航するか誰も知らない。
何もすることがない。
完全に時間が無駄に過ぎていく。

あー、あの時すぐに船が出ていたら、今頃宿も決まってただろうに。

そしたら、
ビーチの気持ちのいい場所に座って、
水平線を見ながら好きな音楽を流して、
ビール片手に風に当たって、
ぼーっとリラックスしていたはずなのに。

...はずなのに?

そして、ハッとしました。

それって、今じゃん!!

今俺は、風に当たりながら、タイポップが流れる桟橋の先端で、ぼーっと海を見てる。

こんな素敵な時間、日本にあるかい?

この瞬間、僕にかけられていたワーカホリックの魔法は解けて、旅の目的は達せられたのでした。

木村健太郎
1992年に博報堂入社後、ストラテジーからクリエイティブ、デジタル、PRまで職種領域を越境したスタイルを確立し、2006年嶋と共同CEOとして博報堂ケトルを設立。マス広告を基軸としたインテグレートキャンペーンから、デジタルやアウトドアを基軸としたイノベーティブなキャンペーンまで幅広い得意技を持つ。これまで10のグランプリを含む150を超える国内外の広告賞を受賞し、カンヌライオンズチタニウム部門審査員、アドフェスト審査員長、スパイクスアジア審査員長など25回以上の国際広告賞の審査員経験を持つ。海外での講演も多く、2013年から5回にわたりカンヌライオンズ公式スピーカー。ADWEEKの世界のクリエイティブ100に選ばれる。2017年からケトルに加え、博報堂の海外ビジネスのスタッフ部門を統括する役職を兼任。グローバル統合ソリューション局局長と博報堂インターナショナルのチーフクリエイティブオフィサーとして年間100日間程度海外を飛び回る生活をしてきた。著書に『ブレイクスルーひらめきはロジックから生まれる』(宣伝会議)がある。
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