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連載 : きむらけんたろうの旅先で俺も考えた。

2021/06/25

第14話 One Showの審査で、データアイデアについて考えた。

木村健太郎

データは我々の産業や社会を大きく変化させています。

しかし、データはもともと「既存の仕組みの効率性を高める」ことが得意なために、「新しい価値を創造する」ことが得意なクリエイティビティー、つまりアイデアとは対極の概念として語られることが多かったような気がします。

では「データアイデア」とは一体どのようなものなのでしょうか。

2021年の4月に、One Show(ワンショウ)という世界三大広告祭の一つと言われている広告賞の、クリエイティブ・ユース・オブ・データ部門(以下データ部門)の審査をしました。
オンライン審査という「飛行機に乗らない旅」を通じて、データアイデアについてとことん議論する機会を得たので、その話をします。

審査があった4月は、ここ数年で1番忙しい月でした。
それはもう、我慢しているうちに便意が消えてしまうくらいの忙しさ。
そんな時に大量の作品審査に追い立てられるオンライン事前審査をやるのはまさに、泣き面にハチ状態で、泣きそうに辛かった。

でも、世界中から審査員がオンラインで集まって、ニューヨーク時間の朝10時、つまり僕らは日本時間の夜中の11時からほぼ徹夜で話し合うファイナルラウンドのディスカッションは、その辛さの何倍も刺激的でした。

審査会が終わった時には、引き受けて良かったと心から思いました。
明け方、時差が厳しい同志の中国の審査員仲間と、「審査の興奮でハイになってしまって、ビール飲んでも眠れないよ!」とメッセンジャーで言いあっていたほどです。
実際は多分コーヒーの飲み過ぎなんですけどね。

初めて訪れる国が新鮮なように、初めて審査するカテゴリーは学ぶことが多いものです。
僕はこれまで、フィルムやデジタルから、デザイン、エンタメ、イノベーション、戦略を審査するエフィーまで、ほとんどすべてのカテゴリーの国際賞審査をしてきましたが、データ部門は初めてでした。
最初にお誘いいただいた時は「なんで私がデータ部門に?」と思いましたが、こういうお誘いはありがたく受けなくちゃと思って、即答しました。
この秋にはロンドン国際広告祭のフィルム部門の審査委員長をやる事になっているのですが、同じ年にデータ部門とフィルム部門の審査をやるこんな拙僧のない人はこの業界なかなかいないのではないかと思います。

さて、データ部門の審査員といっても、そのバックグラウンドは多様でした。
デジタルブティックの人、ヘルスケアエージェンシーの人、テックジャイアントから来た人もいて、僕のようなエージェンシークリエイティブは少数でした。
なので、応募作品を見る視点もいろいろでした。

僕はいつも通りコアアイデアの飛距離とブランドへの確度を重視する立場で発言しましたが、実際に世の中にどれだけワークするのかどうかを自身のデータ運用の経験から厳しく見る人や、技術的にどれだけのブレイクスルーがあったかを見る人もいて、いい意味で議論が衝突しました。

実は、One Showの審査には審査委員長がいません。
なので、審査委員長の審査方針に従うということではなく、事務局のファシリテートにリードされながら、議論が極めて民主的に進んでいきます。

そんな中で、僕が一番新鮮に感じて、おそらく一番時間をかけて議論したのは「これは本当にデータアイデアとして優れているのかどうか」というポイントでした。

今や何をするにしてもなんらかのデータは使っているわけで、データを全く使わない仕事の方が少ない。
だからこそ、単にデータを使っているだけではダメで、データの使い方がそのアイデアのコアとして機能していて、データによって新しい価値を生み出している仕事を選ぼうよという視点です。

例えば、検索データや地図データを使った作品はたくさんありましたが、そのシステムを使っているだけのものは、メディアアイデアでありデータアイデアではないよね、となりました。
数字を斬新な方法でビジュアライズしたアウトドア広告キャンペーンもありましたが、それだけじゃデータアイデアとはみなされませんでした。
AIを使ったプロトタイプの中には、優れたイノベーションだと思ったものもありましたが、データが主役でなければデータアイデアとは呼べないよね、となりました。
そんな風に厳しくチェックしながら、真にデータアイデアと呼べるものを選んでいきました。

できてまだ年数が浅い、若いカテゴリーの審査では、このようなカテゴリーのアイデンティティ探しの議論になることがよくあります。

僕が2007年に初めて国際賞審査をしたカンヌのプロモライオンでも、当時はできて2年目だったので「プロモとは何か」について白熱しました。
でもそれが、専門性でクライアントや社会に新しい価値を切り開いてきたプロフェッショナルたちの矜持なんだと思います。

では、そんな視点で評価された真のデータアイデアとはどんなものだったのでしょうか。
今回は4つのゴールドが選ばれました。

1つ目は、マスターカードのAstronomical Sales(天体セール)。
日食の日に、太陽が隠れる比率によってディスカウントの割引率が変わるセールで、マスターカードのロゴと同じ重なりになる瞬間がイベントのクライマックスになります。
ブランドのロゴと日食の共通点を見つけて、日食という国民的イベントを占有できて、さらに太陽が隠れる比率とディスカウントの比率を連動させたリアルタイム性が上手いと思いました。
しかし、これはデータアイデアというより、アウトドアアイデア、あるいはPRアイデアなのではないかと言う意見も出ました。
僕は、日食比率は自然界に存在する測定可能なデータであるし、それがうれしい割引率となって空に表示されるという斬新なデータビジュアライゼーションだから、これは真のデータアイデアであると主張しました。
https://www.oneclub.org/theoneshow/showcase/2021/-item/38694

2つ目はSpotifyのAlone with Me。
ロックダウンでライブができなくなったミュージシャンのThe Weekndが、CG技術を駆使して音楽視聴に関する視聴者のパーソナルデータをしゃべると言うキャンペーン。
好きなミュージシャンが自分のことをズバズバしゃべり出したらびっくりするだろうし、ファンにとってはものすごく嬉しい体験であるという意見と同時に、ちょっとネット社会に監視されているみたいな気がして怖いんじゃないかと言う意見も出ました。
でもこれは毎年Spotifyが発表しているデータだからそれに当たらないと言うことでゴールドになりました。
https://www.oneclub.org/theoneshow/showcase/2021/-item/38692

3つ目はハイネケンのCold Tracker。
インフラや電力事情の悪さで、お店に行ってもなかなか冷えたビールにありつけないお国事情に対応した、店ごとの冷蔵庫の温度が表示されたアウトドア看板。
駐車場の空き状況を伝える看板のようなシンプルなアイデアですが、せっかくお店に行ってもビールが生ぬるかったときのがっかり感は大きいだけに、データがしっかりいい仕事をしてくれています。
https://www.oneclub.org/theoneshow/showcase/2021/-item/38695

そして4つ目のゴールドは、カンヌでもグランプリを取ったことがある生理用品ブランドLibresseの#painstories。
今まで、1から10の数字でしか伝えることができなかった女性の子宮の痛みの診断を、ペインディクショナリーというグラフィックで診断できるようにしたもの。
これは、まさに数字と言うデータのhumanization(人間化)であり、emotionalization (感情化)だという応援演説をしました。
https://www.oneclub.org/theoneshow/showcase/2021/-item/38688

さあ、みなさんは、この4つのゴールドのうちどれがグランプリにあたるBest of Disciplineだったと思いましたか。

最終投票では、きれいに4つの作品に票がわれましたが、応援演説を経ての決戦投票で#painstoriesになりました。
この作品は、最終的に全てのカテゴリーのナンバーワンを選ぶBest of the Showにも選ばれました。

データアイデア、つまり、データを使ったクリエイティビティーとは何なのか。
僕らの行った審査はその問いかけに対する議論であり、その答えがこの4つのゴールドだったわけです。

先日カンヌライオンズでのクリエイティブユースオブデータ部門の受賞作が発表になりましたが、面白いことに、One Showの受賞作とほぼ全て違う作品が選ばれていました。
カンヌは2年分の審査ではありますが、これだけ全く違う仕事が選ばれていることも珍しいと思います。
https://www.lovethework.com/awards/creative-data-lions-120?year=2021

審査員が異なれば、問いかけも変わり、審査で話される議論も変わり、結果として選ばれる作品も変わります。

広告賞の審査は、なかなか奥深いのです。

木村健太郎
1992年に博報堂入社後、ストラテジーからクリエイティブ、デジタル、PRまで職種領域を越境したスタイルを確立し、2006年嶋と共同CEOとして博報堂ケトルを設立。マス広告を基軸としたインテグレートキャンペーンから、デジタルやアウトドアを基軸としたイノベーティブなキャンペーンまで幅広い得意技を持つ。これまで10のグランプリを含む150を超える国内外の広告賞を受賞し、カンヌライオンズチタニウム部門審査員、アドフェスト審査員長、スパイクスアジア審査員長など25回以上の国際広告賞の審査員経験を持つ。海外での講演も多く、2013年から5回にわたりカンヌライオンズ公式スピーカー。ADWEEKの世界のクリエイティブ100に選ばれる。2017年からケトルに加え、博報堂の海外ビジネスのスタッフ部門を統括する役職を兼任。グローバル統合ソリューション局局長と博報堂インターナショナルのチーフクリエイティブオフィサーとして年間100日間程度海外を飛び回る生活をしてきた。著書に『ブレイクスルーひらめきはロジックから生まれる』(宣伝会議)がある。
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