2024/06/14
第21話 カンヌで審査員長をやってみた(1)
木村健太郎
いまこの文章を、東京からフランクフルト経由でニースに向かう機内の窓側の席でコーヒーを飲みながら書いているのだが、なんのためにフランスに行くのかというと、カンヌライオンズの審査会に参加するためだ。

カンヌライオンズというのは、70年以上の歴史を誇る世界でも歴史の古いクリエイティビティフェスティバルだ。過去、10回ほど受賞させていただいたのもあり、審査員としてお招きいただくのはこれで三度目だ。
三度とも部門は異なり、最初がプロモ部門、2回目がチタニウム&インテグレーテッド部門で、今回がデジタルクラフト部門。
あまりデジタルでもクラフトでもない私がなぜこの部門の審査を?と思ったが、過去の受賞作を調べてみると審査対象は、ロゴやイラストなどのデザインに始まり、フィルムやアウトドア広告などのコンテンツ、ウェブサイト、アプリ、プロモーションやソリューション、AIやARなどのテクノロジー、ゲームやハードウェアまで非常に幅広い。
いまやデジタルテクノロジーを使わないクリエイティブのほうが珍しいし、優れたアウトプットには優れたクラフトが伴うからだ。
多分、とても重要な部門なんだと思う。
で、今回の参加は過去2回の参加とは趣を異にするものだ。
今回私が仰せつかっているのは審査員長というどえらい重職だ。
今年日本人でこの職務に当たるのは私だけだったりするし、カンヌの審査員長なんてめったに仰せつかるものではない。
実際今回は久々に緊張していて、日記を書くような心の余裕もない。
この連載は「ドコドコで、ナニナニについて考えた」というルールで書くべきものだが、まだ何か書きたくなるような何かについて考えたわけでもない。
そんな私がなぜこの日記を書きはじめているのか。
理由は清水幹太という男だ。
ずっと僕が生き方や仕事を敬愛してやまないBassdrumの清水幹太さんが、なんと3週間ほど前にD&ADのデジタルデザインの審査員長をやっていて、その日記を見つけてうっかり読んでしまったからだ。
これだ。引き込まれる文体だ。まずは読んで欲しい。
https://note.com/qantasmz/n/n824d1e15b5a9
なんだか私と境遇が似ていないだろうか。
イギリスのD&ADとフランスのカンヌライオンズ!
3回目の審査で審査員長!
デジタルデザイン部門とデジタルクラフト部門!
審査員長の重圧に負けそうになっている!
時差ぼけ体質で一日前に現地入りしている!
しかもこの日記の2日目を読むと彼は、ピアノの練習の日課のためにキーボードを持ち込んだというではないか。
何を隠そう、私も昨年は海外出張に何回か小さなキーボードを持ち込んでいたのだ。

しかも、彼が持ち歩いているRolandのGoPianoは僕の部屋においてあるやつだ!
(だがあんなに重くて大きいGoPianoを海外に持ち出すのは狂気の沙汰だとも思う。)
昨晩夜中に荷造りをしていて、キーボードを持ち込むかどうかを真剣に悩んでいる自分がいた。
今回は授賞式で着ようと思っている着物や、審査員に配るお菓子を持ち込むために、荷物が倍くらいになっているのに。
しばらく悩んでいるうちに、ふと自分が何に悩んでいるのかわからなくなった。
今回カンヌにキーボードを持ち込む意味が一体どこにあるのだろうか。
僕は清水幹太の生き方や仕事や文章が好きだが、彼のような日課を続ける強い意志力やプログラミングやジャズ演奏や文章の能力はないし、2級ボイラー免許も持っていない。
それに気づいて正気に返った。
おかげでキーボードを無駄に持ち込むのを踏みとどまることができた。
でも飛行機に乗ったら、きゅんきゅんしながらこの文章を書いている。
まだ僕は清水幹太になりきっている。
大切なことは、彼はD&ADという大舞台で立派にデジタルデザイン部門の審査員長を全うした日本人であるということだ。
これは並大抵なことではない。
僕はそこに敬意とあこがれを感じているのだから、持ち物や機内の過ごし方でなく、審査員長の準備や進め方をもっと参考にしなければいけない。
ということで、この貴重な経験を、毎日ではないが日記に書いてみようと思う。
つづく。

