2024/06/25
第25話 カンヌで審査員長をやってみた(5)
木村健太郎
カンヌの審査員長は審査が終わっても気を休められない。
ここからは、3話に分けて、その話をしよう。
6月18日火曜日は、最大の山場だ。
朝にグランプリ受賞理由と今年の傾向を提出、1時からプレスカンファレンス、4時から博報堂セミナー、5時15分からリハーサル、7時から授賞式で審査員長スピーチと贈賞を、そして9時から博報堂DYパーティ。
詰め込みすぎやろ…。
プレスカンファレンスと授賞式が特にしびれる…。
11時すぎにホテルを出て、プレスカンファレンスに出席するため会場に向かう。
ビーチ沿いの歩道を歩いて15分くらいだ。
南仏の太陽の光が、真っ青な空一面から、地中海に降り注いでくる。
その日はパリオリンピックの聖火リレーがカンヌを通過する日だった。
いろんなスポンサーのロゴマークが入ったカラフルなトラックが、でかい音を鳴らして流して走っていき、通りに集まった人たちに缶ジュースがサンプリングされ、その後にパトカーが続いた。
フランスの警察官はなんだかかっこいい。
そして最後に聖火リレー走者が通り過ぎていった。
フランスのオリンピック、盛り上がっていて楽しそうだ。

さて、今日はデザイン、デジタルクラフト、フィルムクラフト、インダストリアルクラフトのいわゆるクラフト系4部門の合同記者会見だ。
以前は審査員全員で登壇していたが、今は審査員長ひとりでやらなければならない。
みんなも一緒にいてくれたほうが安心だし楽しそうなのに。
さらに2年前に審査員長をやった佐々木康晴さんとご飯に行った時、「中にはさ、答えにくい質問をするちょっと意地悪な記者がいてねー」という話を教えていただき、それがジャブのように私を心配にさせてきた。
YouTubeで検索して見つかった古いカンヌのプレスカンファレンスの映像を見た。
いろんな国の記者が、想像外の論点から、早口な英語で、辛辣で意地悪な質問を投げかけていた。
というか、というように見えた。
音質が悪すぎて意味が聞き取れなかったからだと思うが。
大丈夫。
審査や傾向や受賞作のことなら何を聞かれてもしゃべれる。
デジタルクリエイティビティに関しても大丈夫だと思う。
でも、もし、こんなのがきたらどうしよう。
たとえば、
「私の国でグランプリ候補と期待されていたこの国民的な偉業があなたの部門で受賞しなかったのは一体なぜ?」みないな国のプライドを背負ったひがみっぽい質問や、
「AIとユーモアとクラフトの結合についての審査員長のお見立ては?」のような挑戦的な抽象論や、
「マシンラーニングからディープラーニングへのシフトは見られましたか?」みたいな技術的な質問。
まじで絶対答えられない。
英語だし。
ちなみに、審査員長が聞かれて一番困る質問は、
「デザイン部門とデジタルクラフト部門とインダストリアルクラフト部門の違いを教えて下さい」だと思う。
準備は嘘をつかないので、英語の先生に、記者の想定質問作ってくださいと頼んだら、ChatGPTを使って30問くらい様々な角度の想定質問を作って送ってくれた。
往きの飛行機で読み込んで楽しい回答を考えはじめたのだが、3つくらいで実はほぼ同じことを言葉を変えて質問してきているような感じがして、そんなインタビュアーがいたらムカつくだろうなあと思ったら、AIにムカついてきてやめてしまった。
そこで僕は自分の部門の審査員たちを記者席に座らせて「もし難しい質問が来たら、全部お前らにふるから頼んだぞ」という作戦で望んだ。
9人全員しゃべる気満々で来てくれ最前列に座ってくれた。心強い。
会場には、世界各国のメディアやエージェンシーのプレスに加え、知り合いの日本人も何人かいた。

4人の審査員長が、今晩授賞式で発表される部門の概要とグランプリについて順番に話す。事務局からは、間違った情報を流さないように受賞作についての詳細やデータが書かれたシートを渡されている。

左から、デザイン部門審査員長(Fura Johannesdottir)、デジタルクラフト部門審査員長(自分)、司会を挟んで、フィルムクラフト部門審査員長(Prasoon Pandey)、インダストリアルクラフト部門審査員長(Kalpesh Patankar)。
僕は、事前に決めた3つの審査基準に従って、55のショートリストに絞り込み、3つの金と1つのグランプリを含む18の受賞作を選ぶまでの審査プロセスと、最後にふたつのグランプリ候補作の中からSPREADBEATをどのような議論を経て選んだかの経緯を説明して映像を流し、グランプリに決めた理由をしゃべった。6~7分話しただろうか。
その後、会場から質問を募る。
記者たちからは、ゴールドを取った作品について、生成AIについての特筆すべき作品について、今の時代クラフトというものが果たす役割について、などの質問がきて、4人で答えていった。

グランプリ投票のあとのワークショップでみんなと話したことが役に立った。感謝だ。
心配していた意地悪な質問や難しい質問はなかった。よかったー。
ということでプレスカンファレンスは心配したような妄想は起こらず、無事終わった。
「その質問はぜひ会場に来ているデジタルクラフト審査員に聞いてみたいと思います!」と言って誰かを指す企画は実現しなかったのが残念だったけど。
翌日のデイリーライオンという会場配布のリーフレットには無事ここで話した内容が載った。
ちょっと顔に疲れが見える。
この後、ブラジルのメディアのインタビューに答えてから、一度ホテルに戻った。
次は4時から博報堂セミナーだ。
つづく。

