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連載 : きむらけんたろうの旅先で俺も考えた。

2024/06/28

第27話 カンヌで審査員長をやってみた(7)

木村健太郎

審査員長のクライマックスは授賞式だ。
3000人収容のメイン会場のステージで、担当部門の審査を総括するスピーチをして、ゴールドとグランプリの受賞者にライオンのトロフィーを渡すのだ。


昨年あるご縁で、きものやまとの役員の方と知り合った。
たまたま審査員長をやることになったという話をしたところ、
「では衣装は、日本人らしく和装がよいでのはないか」
「やかんの家紋で羽織を作るのはどうか」
という話で盛り上がった。


さっそく、ケトルの山下隼太郎にやかんの家紋をデザインしてもらった。
「赤と黒のリバーシブルにしよう。赤の方は背中に大きなやかんで」

 

 

こうして、特注で染めたやかん羽織が出来上がった。
自腹で着物を作るのははじめてだ。
生地の質感が美しい。しかも思っていたより上品だ。
和服っていいなあ。

黒と赤、どちらもいい。
本番ではどちらを着ようか。
事前のまわりの評判だと黒と赤が半々だった。
まあ、ギリギリまで悩もう。


しかし、実はそれよりもっと重大な問題があった。

着付けだ。
一体どうやって着るのか。
過去にケトル合宿で金沢で習ったことがあるが、難しかったことしか覚えていない。

きものやまとの人にカンヌに来てもらうプランもあった。
現地で着付けをしてくれるお店を探すことも考えた。
僕が当日までに着付けを習ってマスターするという手も考えた。

しかし、当日の分刻みなスケジュールを見て、どれも不可能になった。
そこで、着物と袴は簡単に着ることができるレンタルのものを紹介していただき、ケトルの管理部にデザインを選んでもらった。
人生で初めてスーツケースをふたつ持って日本を発った。

現場の段取りはカンヌで一緒に動く鈴木康司くんと藤本真理子さんと作戦会議をした。
博報堂セミナーが4時30分に終わって、会場リハーサルが5時15分に始まる。
その間、45分間。
審査員が宿泊しているホテルと会場の間は歩いて15分かかる。
しかし会場近辺に着替えることができそうな場所はない。
会場内のトイレはめちゃ狭いし。
映画祭でセレブが使う控室があるはずだがそんなところは使わせてもらえない。

結局、会場から15分でホテルに戻り、15分で着替えてまた会場に15分で歩いて戻るという作戦で行くことにした。

 

 

何度も試着したが、15分はギリギリだ。
間に合うだろうか。
ふたりに着付けとホテルまでの往復を帯同してもらうことにした。

4時半、作戦開始。
セミナーの拍手が鳴り止まないうちに、ホテルに急いで戻り、着付けを始める。
肌着の上に、じゅばんを着て、腰ひもをむすび、着物を着て、帯を締めて袴を履く。

ぴったり5時。
スニーカーを履き、羽織や羽織ひも、足袋や草履などの荷物をまとめてホテルを飛び出す。

 

 

30度近い気温の中、汗だくになりながら足早に会場へ向かう。
途中タクシーを見つける。乗るか。
しかし道は混んでいる。リスクが有る。歩いたほうが確実だ。

5時15分。楽屋入口。
間に合った!
まずは汗を拭いて水を飲む。
ここで足袋と草履を履く。

他の審査員長とあいさつしてステージに行き、段取りの説明を受ける。
ふたりにも中までついてきてもらう。

リハーサル前に羽織を着る。
ここでトラブル発生。
結んであったはずの羽織ひもがほどけていたのだ。

リハーサルの間、ふたりはスマホで結び方を調べる。
なかなかうまくいかない。
ぼんぼんの部分が上に向かないといけない。

 

Juan Señor氏

 

ホアン・セニョールはカンヌライオンズの顔だ。
授賞式のMCをはじめて今年で20年目らしい。
彼から直々に細かく演技指導を受ける。

「上手から演台までは客席に手を降ってゆっくり歩け」
「視線は2階席の非常口のサインを順番に見なさい」
「受賞者が記念写真を取るときは自分から積極的に交じること」
などなど。

「ステージには落とし穴があって、もしスピーチが2分を超えたら作動します」
そんなジョークを交えつつ、過去の名スピーチについても教えてもらった。

その間に、ふたりがなんとか羽織ひもを完成。

 

 

ついに完成。
3人で赤と黒両方を着て記念写真。

 

 

 

カンヌにいる日本人はほぼ全員黒がいいと言い、外国人の審査員長たちは全員赤がいいと言う。
でも僕はこの時点ではもう黒に決めていた。

その後、審査員たちと合流。

 

びしっと決めて記念撮影

 

審査員長は1階席の一番うしろにあるメイヤーズボックスというところに座るのだが、実はその後ろには授賞式の間もシャンパンやワインを飲める小部屋がある。
僕は20年目にしてはじめて入った。

 

メイヤーズボックス

 

会長のフィリップのキュー出しでいよいよ本番だ。
デザインクラフト部門は、最後から2番目。
デザイン部門が始まる頃、フィルムクラフト部門のPrasoon Pandeyさんと一緒にステージ裏の控室に移動する。


そして、いよいよ登壇。

 

 

実はステージ中央でお辞儀をしたのは、ステージに出た時に会場の真ん中でうちの審査員たちが立ち上がって応援してくれたのを見て思いついたアドリブだ。

 

 

みんな、本当にありがとう

 

ちなみに、スピーチした内容は以下だ。

"審査は超刺激的な旅、審査会場は遊び場のようでした。
最高の仲間たちと泣いたり笑ったり、時に真面目に議論したり。

デジタルクラフトは人々の感情を創り出すためにあります。
今晩お見せする受賞作には2つのタイプがあって、どちらも驚くべきクラフトだけど、正反対です。

ひとつめのタイプは、最先端のデジタルテクノロジーで人々の感情を揺さぶったもの。
リアルとバーチャルの境界線を消し去ったスポーツエンタメや、人々のSNSとのつきあい方を変えてしまったパワフルなメッセージです。

そしてもうひとつのタイプは、何十年も昔からあるお馴染みのデジタル技術だけを使った人の手で作られたシンプルではっとする作品です。

皆さんはどう思いますか?
最新か、普遍か。
テクノロジー起点か、クリエイティビティ起点か。
どちらかを選ぶのは難しかったが、議論を尽くして、クリエイティブ産業を勇気づけるであろうグランプリを全会一致で選びました。

さてグランプリはどっちでしょうか。
どうぞお楽しみください。

次回は最終回。

 

木村健太郎
1992年に博報堂入社後、ストラテジーからクリエイティブ、デジタル、PRまで職種領域を越境したスタイルを確立し、2006年嶋と共同CEOとして博報堂ケトルを設立。マス広告を基軸としたインテグレートキャンペーンから、デジタルやアウトドアを基軸としたイノベーティブなキャンペーンまで共同CEO兼ECDとして幅広いアウトプットを創出する。これまで10のグランプリを含む150を超える国内外の広告賞を受賞し、カンヌライオンズチタニウム部門審査員、アドフェスト審査員長、スパイクスアジア審査員長など30回以上の国際広告賞の審査員経験を持つ。海外での講演も多く、2013年から7回にわたりカンヌライオンズ公式スピーカー。ADWEEKの世界のクリエイティブ100に選ばれる。2017年からケトルに加え、博報堂の海外ビジネスのスタッフ部門を統括する役職を兼任。現在は博報堂のグローバルとクリエイティブの執行役員とインターナショナルチーフクリエイティブオフィサー。コロナ期を除き、年間100日間程度海外を飛び回る生活をしてきた。著書に『ブレイクスルーひらめきはロジックから生まれる』(宣伝会議)がある。
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