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連載 : きむらけんたろうの旅先で俺も考えた。

2025/06/23

第40話 カンヌチタニウム審査でゲームチェンジについて考えた。(5)

木村健太郎

 

火曜日の授賞式には、日本からの審査員長のふたりが登壇しました。
エンタテインメント・フォー・ミュージック部門の松宮聖也さん(Black Cat White Cat)とデジタルクラフト部門の田中直基さん(電通)です。

僕はメイヤーズボックスでご一緒させていただきましたが、ふたりともパッションに溢れて堂々としたスピーチでとてもかっこよかった。
日本人として誇りを感じる瞬間でした。

 

 

 


さて、翌朝水曜日、10人のチタニウム審査員は2日間にわたるショートリスト18作品のプレゼンテーションをすべて聞き終えました。

 

 

 

昨年ここでチタニウムのショートリストプレゼンテーションをした博報堂の谷脇太郎さん(今年デザイン審査員)は、
「楽屋は震えが止まらない人もいてやばい雰囲気でしたよ。僕は人生であんなに緊張したことはありませんでした」
と言っていましたが、まさにこの2日間、そんな情熱と知恵が結晶化した18チームのエネルギーを浴びました。

偶然ですが、審査初日はChakaという審査員が誕生日、二日目は審査員長のJudyが誕生日だったので、サプライズでケーキを出してオーディエンスと一緒に歌を歌ってお祝いしました。

カンヌの会場には4階の奥の方に窓のない審査部屋がいくつか並んでいます。
ここに場所を移して審査に入ります。
チタニウム部門には金銀銅はないので、グランプリひとつとチタニウムライオンを決めていきます。

 

 

ちなみに議論中スマホはこの名札のついたケースに入れて部屋の端に吊るしておかねばなりません。
昨年はちゃんとやんなかったけど、今年は全員に徹底されていました。
こういうところがカンヌはすごいなと感心します。

再びタブレットで1点から9点までで投票します。

 

 

 

その平均点のランキングがプリントアウトされて配られます。

プレゼンテーションを聞く前のランキングとは違う結果になっていました。
おおおお!1位も2位も変わった!

やはり2分間のケースビデオだけなのと合計22分間のプレゼンおよび質疑応答の後では判断が変わるのです。
連日の授賞式でグランプリを取っている上位作品の順位が落ちていったものもありました。

現在ライブジャジングをしている部門は、イノベーションとグラスとチタニウムの3部門だけなのですが、これがその醍醐味だと思いました。

 

 

さて、Judyは時々自由すぎる審査員たちのお母さんのようになるときがありました。

Chakaが別件で抜けてしまったので、彼女が戻るまで作品のことはしゃべらずに各自どれをチタニウムにするか読み込んで考えることにしたのですが、審査員はみんな自由に作品についておしゃべりするどころか、すぐに部屋を出ようとします。

「どこ行くの?」

「いやコーヒーを買いに。」
「マフィンが欲しくて。」
「外の空気を吸いたくて。」

そのたびにJudyは
「Chakaが帰ってきたらすぐに始めたいからここにいて」
というのですが、それでも審査員がふらっと外に出ていこうとしたときです。
Judyが大声で叫びました。

「部屋を出るな!今日は私の誕生日なのにここにいるの!!」

みんな、席に戻ってだまって資料を読み始めました。

 

 

Chakaが戻ってきたので、一定以上のスコアの上位作品をチタニウムライオン候補に設定して、順番に審査員全員が意見を言っていきました。

僕は今回発言するにあたって心がけたことがあります。

ひとつめは、YesとNoのどっちに転んでもいいようなあいまいな意見を言わず、自分の正直な心で確信を持てたことだけを言うということ。

ふたつめは、それとはちょっと逆に聞こえるかもしれませんが、他の審査員の意見に共感したら自分の主張に固執せずにどんどん態度を変えること。

みっつめは、主張だけでなく、議論の論点を提示することです。

これについては、昨年デジタルクラフト部門の審査員長としてSpotifyのSPREADBEARTSをグランプリに選ぶことができたことが大きな自信になっています。
(今年はOne Show、D&AD、ClioなどでSPREADBEARTSがBest of Show総なめです。)

今思うとあの作品は、初期の順位はトップではなかったし、流れで投票していたらグランプリには選べなかったかもしれないのですが、いろんな論点をオープンに出し尽くしたのちに、審査基準をもう一度説明して一人で考える決断のための時間を与えてから、全員に結論と理由をプレゼンしてもらってその上で投票したからこそ、昨年のカンヌで唯一の部門グランプリに選ぶことができたのだと思います。


さて、個別の作品について何を議論したかについてはここでは書きませんが、ファーストドミノとしてどれだけ人類社会に意味を持つのか、そしてセカンドドミノやサードドミノも倒れるのか、つまり一過性で終わらずに国を超えて拡大していく耐久性があるのか、その企業やブランドだけでなく産業全体を変えていく可能性がどれくらいあるのか、ビジネスモデルとしてROIが成り立っているのか、そしてそれはカンヌが称賛すべきクリエイティビティなのかどうか、などの論点で非常にレベル高い議論が続きました。

2〜3分に1回、心のなかで「ほえー、なるほどねー」と感激しました。

今まで40回ほど国際賞審査をしていますが、これまでで一番贅沢な時間でした。

 

 

投票で4つのチタニウムライオンが決まり、いよいよその中からグランプリを決める最終段階です。

グランプリの対抗馬は一応ありましたが、この段階で明らかにひとつの作品に絞られていました。

投票の前に全員が、もう一度自分の思いをプレゼンしました。

僕はひとことだけ、
「今年のチタニウムはファースト・ドミノという言葉でみんながひとつになった。そしてこの仕事こそがファースト・ドミノだ。」
と言いました。

1回目の投票で、全員一致でグランプリが決まりました。

 

(つづく)

 

木村健太郎
1992年に博報堂入社後、ストラテジーからクリエイティブ、デジタル、PRまで職種領域を越境したスタイルを確立し、2006年嶋と共同CEOとして博報堂ケトルを設立。マス広告を基軸としたインテグレートキャンペーンから、デジタルやアウトドアを基軸としたイノベーティブなキャンペーンまで共同CEO兼ECDとして幅広いアウトプットを創出する。これまで10のグランプリを含む150を超える国内外の広告賞を受賞し、カンヌライオンズチタニウム部門審査員、アドフェスト審査員長、スパイクスアジア審査員長など30回以上の国際広告賞の審査員経験を持つ。海外での講演も多く、2013年から7回にわたりカンヌライオンズ公式スピーカー。ADWEEKの世界のクリエイティブ100に選ばれる。2017年からケトルに加え、博報堂の海外ビジネスのスタッフ部門を統括する役職を兼任。現在は博報堂のグローバルとクリエイティブの執行役員とインターナショナルチーフクリエイティブオフィサー。コロナ期を除き、年間100日間程度海外を飛び回る生活をしてきた。著書に『ブレイクスルーひらめきはロジックから生まれる』(宣伝会議)がある。
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