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連載 : きむらけんたろうの旅先で俺も考えた。

2025/06/24

第41話 カンヌチタニウム審査でゲームチェンジについて考えた。(6)

木村健太郎

現地審査3日目の木曜日。
チタニウム審査員は、グランプリ・フォー・グッドという部門の審査もします。

クライアントのないいわゆるチャリティーワークはグランプリになることはできません。
これはクライアントがいないことで実現のハードルが低くなるので不公平だという理由で約50年前に制定されたカンヌで一番古いルールのひとつなんだそうです。

しかし、逆にチャリティーはグランプリになれないというのも不公平なのでははいかという理由で、それなら全ての部門でゴールドをとったチャリティーワーク全部の中からひとつグランプリを決めようということで作られた部門です。

審査する側から見れば、フィルムやデジタルやプロモーションやエンタメやクラフトなど異なったジャンルを比較する異種格闘技戦なわけです。


今日は窓がある部屋なので、あの逃げ出したくなる独房感がありません。
カンヌチェアマンPhil Thomasと審査員長のブリーフィングの後、スクリーニングを開始し、グランプリ候補はほどなくふたつに絞られました。

ひとつは、メディア部門とゲーミング部門でゴールドを受賞している“The Final Exam”。
学校での銃乱射事件に巻き込まれて10分以内に校舎から逃げ出すサバイバルゲーム。アメリカの銃規制の必要性を訴える活動です。

 

 

僕はこれを見たとき、11年前のチタニウムの審査で、同じ目的の銃規制のためのショッキングな体験型アトラクションをチタニウムライオンに選んだのを思い出しました。
それから毎年いろいろな銃規制の啓発キャンペーンがカンヌで受賞してきたのに、銃問題自体は何も解決していない。むしろ悪化している。

僕は最初に意見を求められたので、「イシューは重要だしアイデアは強いけど、このゲームはこの問題を解決していないと思う。」という意見を言いました。


そしてもうひとつは、フィルム部門とヘルス&ウェルネス部門でゴールドを受賞している“The Best Place in The World to Have Herpes”(ヘルペスになるのに世界で最高の場所)。

ニュージーランド人の8割がヘルペスに感染したことがあるし、そのほとんどは良性なのに、保菌者であることに対するスティグマ(精神的苦痛をもたらす差別や偏見)が世界一強いので、それを取り除いてヘルペスを持っていることを普通に話せるようにしようという目的で、「ニュージーランドをヘルペスを持つのに世界一の国にしよう」ということをユーモアたっぷりに伝えるお馬鹿なパロディフィルムシリーズ。

 

 

僕は、手法としては新しくないけど、「ヘルペスをタブーでなくする」という課題をしっかり解決してると思ったし、なによりフィルムのクオリティが最高で、自分自身大爆笑したので、「ネガをポジに変えてこの問題を解決している。これがグランプリだと思う。」と言いました。

僕はこれを見たときにディーゼルの「ヘイトクチュール」というキャンペーンを思い出しました。
ソーシャルメディアで人を傷つけるさまざまなヘイトワードを服のデサインに組み込んで、ヘイトワードに慣れてしまおうという、僕がこれまでいろんな国のセミナーで紹介してきた、大好きなキャンペーンです。

こうして他の審査員も時計回りに意見を言っていったのですが、僕以外の多くの人がThe Final Exam推しでした。


しかし、最後にJudyがひっくり返しました。

The Final Examは素晴らしいが、果たして訴求すべきターゲットオーディエンスはゲームをする世代なのだろうか、という意見を言った後に、ヘルペスキャンペーンについて、「試しにみんなでヘルペス持ちであることを普通の会話でしゃべってみよう。」と言ったのです。

そこからみんなで、
「私はヘルペス持ちなんだけど、君は?」
「へー、あなたもヘルペス持ってるんだー?」
「君も絶対ヘルペスだよ。」
とロールプレイをはじめました。

すると、このアホな会話が楽しくなってしまい、盛り上がってやめられなくなったのです。
チーフ・クリエイティブ・オフィサーたちが「うんこ」と叫んではしゃぐ子どものように大騒ぎ。
タブーがタブーでなって解放されるのはこんなに気持ちがいいのかー!

Judyが、ではそろそろやめて両方に投票しましょうと言うころには、みんなが「もう投票はヘルペスだけで大丈夫」と言うようになっていました。

こうして、Grand Prix For Goodの投票結果は、またもや全員一致でThe Best Place in The World to Have Herpesになり、屋上で「ヘルペス」と叫びながら乾杯しました。

体験は思考を凌駕するのものだと思いました。

(つづく)

 

木村健太郎
1992年に博報堂入社後、ストラテジーからクリエイティブ、デジタル、PRまで職種領域を越境したスタイルを確立し、2006年嶋と共同CEOとして博報堂ケトルを設立。マス広告を基軸としたインテグレートキャンペーンから、デジタルやアウトドアを基軸としたイノベーティブなキャンペーンまで共同CEO兼ECDとして幅広いアウトプットを創出する。これまで10のグランプリを含む150を超える国内外の広告賞を受賞し、カンヌライオンズチタニウム部門審査員、アドフェスト審査員長、スパイクスアジア審査員長など30回以上の国際広告賞の審査員経験を持つ。海外での講演も多く、2013年から7回にわたりカンヌライオンズ公式スピーカー。ADWEEKの世界のクリエイティブ100に選ばれる。2017年からケトルに加え、博報堂の海外ビジネスのスタッフ部門を統括する役職を兼任。現在は博報堂のグローバルとクリエイティブの執行役員とインターナショナルチーフクリエイティブオフィサー。コロナ期を除き、年間100日間程度海外を飛び回る生活をしてきた。著書に『ブレイクスルーひらめきはロジックから生まれる』(宣伝会議)がある。
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