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連載 : きむらけんたろうの旅先で俺も考えた。

2024/10/25

第32話 リュブリャナで環境音について考えた。

木村健太郎

ゴールデンドラム広告祭から帰国する前に、リュブリャナというスロベニアの首都に1泊しました。
広告祭があった海沿いのポルトロシュから、草原の中の高速道路を走ること90分。
フェスティバル中は忙しくて街を歩く時間がなかったのですが、ここでは少し自由時間ができたので、主催者の人に「どこに行ったらいい?」と聞いたら、「歩くだけでいい」と言われました。

街についたら、その意味がすぐにわかりました。
城がある丘の下に川が流れていて、その両岸に街並みが広がっているのですが、歩くだけで気持ちがいいのです。

 

 

なぜ気持ちいいかというと、車がいないのです。
街の中心部一帯は公共交通機関以外は規制されていて、街中が歩行者天国なのです。
へー。車がいないと、こんなに気持ちいいんだ。

信号も車道もないから、自分のペースをさえぎるものがないし、ぼーっと考えに耽りながらふらふら歩いても危険じゃない。

ジョギングしてる人も信号で止まる必要がない。
散歩中のワンコも、ワンコを散歩させている飼い主も自由。
子供も、子供を連れたお母さんも表情がのんびりしてる。

そしてその気持ちよさは、静けさから来ていました。
いつも街の中はうるさいものだと思い込んでいたけど、車がいないとこんなに静かなんだ。

 

 

なんだか森の中を歩いているときに似ているなと思いました。
森の中は静かで、鳥のチュンチュンというさえずりが聞こえてきたりします。
鳥のさえずりは気持ちいい。
でもそこに、自動車の音が聞こえてくるとちょっと残念な気持ちになりますよね。

そうか、環境音か。
つまり、森の環境音が、鳥のチュンチュンなように、僕が普段暮らしている東京の環境音は、自動車のエンジンやタイヤやホーンの音やコンビニや信号が発する電子音なのです。

でもここリュブリャナの街の環境音はふだんのそれとは違います。

 

 

 

世間話をする人の笑い声。
鳩を追いかけてはしゃぐ子供たちの声。
ゴトゴトという自転車の車輪の音。

 

 

川のせせらぎ。
橋のたもとにある焼き栗屋台の大きな鉄鍋の中の栗をかき回す音。
川沿いのカフェの店内で流れているジャズ。

 

 

犬の散歩をする人同士のあいさつ。
遠くでストリートミュージシャンが奏でる音楽。
そして、それにかぶさる教会が鳴らすゴーンゴーンという鐘の音。

 

 

みんな人の営みの音や自然の音です。
街の環境音はこうあるべきだ。
車や信号が出す機械音や電子音より生理的に気持ち良い。
そう思いました。

 

 

ひとりでご飯を食べたら、夜になっていました。

街の真ん中にある広場を歩いていた時に、突然大粒の雨が降ってきました。
ホテルまでまだ遠いし、傘を持っていなかったので、いったん広場沿いの建物の軒先に雨宿りしました。

早くやまないかな。
ところが、どんどん激しく本降りになってきます。
どうしよう。
意を決して、走ってホテルに帰ろうか。
それとも小ぶりになるのを待つか。

困ったな。
いつまでもここにいるわけにもいかないし。
せっかくの自由時間なのに、雨に降られるなんてついてないな。

待てよ。
別に今すぐしなければいけないことなんてないよな。
そうか。ここで雨宿りをしていてもいいじゃないか。
そう思って、あきらめてそこにいることにしました。

石畳に降る雨の音。
街灯の光に雨の影。
心がやすらぎます。

 

 

広場にいた人がみんな足早に去っていく中、
その場を去らない傘がひとつ。
よく見たら、カップルが抱き合ってる。
なるほどー。
雨を理由にいちゃついてるんだな。

子どもとワンコが一緒に走っていきます。
めっちゃ楽しそう。
雨は運動会なんだな。

僕のいる軒先に若い女性がふたり飛び込んできました。
香水の匂い。
言葉はわからないけど、僕の眼の前で早口で真剣に作戦会議を始めました。
最初は意見が割れていたけど、片方が折れて結論が出たようだ。
1、2、3、でふたりで雨の中へ走り出していきました。

おじさんがきました。
狭い軒先に男二人。
気まずい雰囲気。なんか居心地悪い。
話しかけようと思っても、話すことが思いつかない。
すると彼は、君のなわばりをとる気はないよ、という感じの表情を一瞬見せて、大雨の中に出ていきました。
申し訳ない。別にここにいてくれてもいいのに。

ほんの10分くらいの間に、いくつもの一期一会と、いくつものドラマ。
雨宿りって面白い。

その時、なんか昔こういうことがあったなというデジャブの感覚を覚えました。

そう、20代の時にタイのある港の桟橋で、船が出ずに待たされて、ひとり風に吹かれて海を見ながらなげいた、あの「ワーカホリックの魔法が解けた瞬間」でした。
(「第12話 タイで旅の目的について考えた」)

短い時間でしたが、リュブリャナを歩いてよかったなと思いました。

 

 

木村健太郎
1992年に博報堂入社後、ストラテジーからクリエイティブ、デジタル、PRまで職種領域を越境したスタイルを確立し、2006年嶋と共同CEOとして博報堂ケトルを設立。マス広告を基軸としたインテグレートキャンペーンから、デジタルやアウトドアを基軸としたイノベーティブなキャンペーンまで共同CEO兼ECDとして幅広いアウトプットを創出する。これまで10のグランプリを含む150を超える国内外の広告賞を受賞し、カンヌライオンズチタニウム部門審査員、アドフェスト審査員長、スパイクスアジア審査員長など30回以上の国際広告賞の審査員経験を持つ。海外での講演も多く、2013年から7回にわたりカンヌライオンズ公式スピーカー。ADWEEKの世界のクリエイティブ100に選ばれる。2017年からケトルに加え、博報堂の海外ビジネスのスタッフ部門を統括する役職を兼任。現在は博報堂のグローバルとクリエイティブの執行役員とインターナショナルチーフクリエイティブオフィサー。コロナ期を除き、年間100日間程度海外を飛び回る生活をしてきた。著書に『ブレイクスルーひらめきはロジックから生まれる』(宣伝会議)がある。
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