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連載 : きむらけんたろうの旅先で俺も考えた。

2025/06/13

第37話 カンヌチタニウム審査でゲームチェンジについて考えた。(2)

木村健太郎

今回は現段階で話せる範囲でショートリスト審査の話をします。
(審査が終わったらネタばらしするので質問して下さい)

カンヌは審査員の性別や人種に加え国籍の多様性も重視するので、世界各国の審査員がオンラインでミーティングするとなると、誰かが時差で泣かなければいけないことになり、極東に位置する僕は夜中になってしまいます。

ショートリストを確定するZoomミーティングは、日本時間の5月の最終週の木曜の夜10時にセットされ、翌金曜夜が予備日となりました。
両日とも会食が入っていたのですが、途中で切り上げて自宅に戻ることにしました。

僕は、今回オンラインで採点するときに188作品すべてについてスプレッドシートに内容と評価を書いていました。これは大成功で、あまり気にしてなかった作品がいきなり議論に上がるときに、どんな作品だったか瞬時に思い出して発言できるのです。

 

 

 

さて、木曜夜会食から帰り、審査が始まり、10人の審査員がつけた平均点のランキングが発表され、ある一定以上の点数のものについてひとつひとつ議論と投票が始まりました。

最初に取り上げられた作品は僕が高いスコアをつけた作品でした。
「誰か、この作品について意見ありますか?」
という審査員長Judyの投げかけに、トップバッターで応援演説をしました。
「この仕事は〇〇という視点がシャープで〇〇という斬新でシンプルなアイデアで〇〇というすごい成果を出したので、ショートリストに残すべきだと思います!」
なかなかいい演説ができたなと思っていたら、他の審査員から反対意見が次々に出され、投票したら規定数の3分の2に満たずアウト!

ええ?なんでなんで?
めっちゃ厳しいじゃん?

でもその反対のこともすぐに起きました。
ある審査員が激推しするキャンペーンが、僕にはどうしても新しいと思えず、普通の広告キャンペーンにしか見えないのです。
「この仕事は素晴らしいと思うけどどこがチタニウムなのか僕にはわからない。」と意見を言って投票したらアウト。

そういうことが何回か起きました。
チタニウム以外の通常の部門の審査では圧倒的に受賞するであろう作品がここではそうとは限らないのです。
また通常の部門のように基準が明確ではないので、審査員によって視点が全然違うことがあるのです。

そして、あるエントリーで、評価が真っ二つに割れました。
ひとりの審査員は、これこそが業界を前進させると強く推し、他の審査員は絶対に違う、こんなのを高く評価してはいけないと強く言う。
確かに今までの基準だと確かに難しい仕事なのですが、僕は直感的に残しておきたいと思ったので、僕なりの理屈で強く推しました。
でも理屈のぶつかり合いでは賛成と反対がどちらも譲らず、激しくぶつかりあって収集つかなくなったときです。

だまっていた審査員長のJudyが発言しました。
「みんな、ありがとう。最高の議論ね。こういう賛否が分かれる作品こそ、これこそがチタニウムなんじゃないかしら?」

投票結果は3分の2の賛成でショートリスト入り。

そして審査員長のJudyが続けました。
「ここに残ってる作品はどれもどこかの部門ではグランプリ級の仕事ばかり。Goodなのは当たり前。でもそれはチタニウム部門の基準ではない。我々が問うべき質問は、Goodかどうかでなく、チタニウムかどうか。なんじゃこりゃ!(Holy Shit!)という違和感(Unfamiliar)を感じるものが、何年か後に当たり前になっていくかもしれない、そういう仕事を探したい。それが真のゲームチェンジなんだと思う。」

おー!!なるほどー。

この瞬間、ゲームチェンジングなクリエイティビティという意味が腑に落ちた気がしました。
バラバラだった審査員がワンチームになっていく感覚を覚えました。


しかし、木曜夜の2時間に加え予備日の金曜夜も2時間やったけど、終わりません。

進行を優先したい事務局と、ひとつひとつ丁寧に議論をしてフェアにやり抜きいたいJudyの間で口論にもなったりもしました。審査員も加わってけんけんがくがく。
その時僕は強烈なデジャブを感じました。あー、なんだろうこのやるせない感じ。
そうだ。自分がデジタルクラフト部門の審査員長をやったときのことだ。
昨年のカンヌの3話目(第23話)で、審査員長には進行優先の「リーダーシップ型」と時間のかかる「ファシリテーター型」の2タイプがいると書きましたが、Judyは僕と同じ、完全な「ファシリテーター型」でした。

で、結局、日曜夜にもう一度やろうという話になり、日本時間の日曜夜9時にみんな集まって、全ショートリスト候補について議論しました。
この頃には基準も定まってきて、みんなの議論も噛み合うようになってきました。
各審査員が一作品づつ敗者復活にかけ、さらにまた全体を見直して、気になる作品について再投票をしました。

そして、4時間たった夜中の1時にようやく18作品が決まりました。

この3日間で合計8時間。
他の広告賞だったら、もうグランプリと金銀銅を決めてるくらい議論しつくしたけど、チタニウムはまだショートリストが決まっただけで、これから現地でプレゼン聞いて本番の審査です。

それだけチタニウムは特別なんだな、と思いました。
現地でのプレゼンテーションが楽しみです。

(つづく)

 

木村健太郎
1992年に博報堂入社後、ストラテジーからクリエイティブ、デジタル、PRまで職種領域を越境したスタイルを確立し、2006年嶋と共同CEOとして博報堂ケトルを設立。マス広告を基軸としたインテグレートキャンペーンから、デジタルやアウトドアを基軸としたイノベーティブなキャンペーンまで共同CEO兼ECDとして幅広いアウトプットを創出する。これまで10のグランプリを含む150を超える国内外の広告賞を受賞し、カンヌライオンズチタニウム部門審査員、アドフェスト審査員長、スパイクスアジア審査員長など30回以上の国際広告賞の審査員経験を持つ。海外での講演も多く、2013年から7回にわたりカンヌライオンズ公式スピーカー。ADWEEKの世界のクリエイティブ100に選ばれる。2017年からケトルに加え、博報堂の海外ビジネスのスタッフ部門を統括する役職を兼任。現在は博報堂のグローバルとクリエイティブの執行役員とインターナショナルチーフクリエイティブオフィサー。コロナ期を除き、年間100日間程度海外を飛び回る生活をしてきた。著書に『ブレイクスルーひらめきはロジックから生まれる』(宣伝会議)がある。
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